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終章

 私は従順であった。高専は高校と大学と合わせた内容であり、高校と大学のカリキュラム上の重複をなくせば、一般科目も専門科目も大学にも劣らないという。私は、1年経過した頃から、どうもそうではないと感づき始めたが、そうであるなら、自分で補おうと思った。国語については文語文法解説書と文語単語集及び漢文の句形暗記の問題集を揃え(ほぼ全員の高専出身者は古文・漢文が相応に読めるようになった経験を有しない)、数学については授業に沿いながらチャート式や矢野健太郎等の解説型問題集をやった。英語については伊藤和夫「基本英文700選」「英文解釈教室」と単語集を繰り返し(数学と英語については既に述べた。敢えて言うならば、高専生でTOEICのスコアが形式的には高い者でも、難関大学理工系を目指す高校生なら読みこなせる科学論などの抽象度の高い英文は読めないし、英作文も出来ないと思う)、物理については大学理系を目指す者が使用する参考書、例えば渡辺久夫「親切な物理」や竹内均「基礎からよくわかる物理」等をやった(当時の私には、高専の「一般物理」より、この受験参考書の方が記述に深みがあるように思えた。応用物理や理工系専門科目にもよくくっつく)。日本史の授業と称しているが平安時代で終わるような授業のために老舗出版社の教科書や新書を読み、また、生物や理科Ⅰの授業はなかったのでブルーバックスを読んだ(高校生であってもそこまではやらないか?ただ、歴史の教員はいるのに、生物工学系を除いて高専には生物の専任教員は殆どいないことは意外と知られていない。地理分野の専任教員がいたら歴史の専任教員がいないという例も多い)。この程度のことは何の自慢にもならないことだ。以上の教科書や参考書をあえて挙げたのは、高校と大学工学部を合わせた以上?の学力水準を喧伝する高専生の一般的学力とやらが、いかにしかるべき水準の高校生の学力内容とかけ離れているかを示したかったからである。確かに、筆者の実感でも首都圏、関西圏、中京圏、東北・北陸などの主要都市出身の高校出身者の多くは以上の参考書または同類の参考書をやりこんでいた。高専側から見たら、むしろ、笑わば笑えのバカバカしさである。しかし、筆者は、高専は高校プラス大学の内容で、仮に足らない部分があっても、高校生にも大学生にも負けない知識を「学生」として「自主学習」する必要がありますという学校側の言葉さえも信じたのであった。そして、実際に自主学習とやらを続けていくと、あまりにも普通の高校生ましてや大学受験生がやっている内容・程度に足りていないことがわかり、怒りが沸いてきた。一般に高専教員の方が名門大学出身者・学位取得者が多いにも関わらず学校カリキュラム思想がそうなっているから、内容・程度が落ちてしまうのである。補うのではない、足りていないことがありありと分かるという結果をもたらしたのである。やるほうが、アホウだったのかも知れない。そして、自主学習しなさいと言っている側も、まさか、多くの生徒が本当に自主学習すると思っていたのであろうか。

(大学受験について一言付け加える。高専からの大学一般入試受験は科目面・時間数・教授内容面でかなりの程度不利だが、逆の効用もあった。地方で、進学校などとおだてられている公立高校の高校教員が行う非合理的・ゴリ押し勉強を回避して、以上のように自分に合った参考書を工夫してこなして行けるという効用もあったのである。逆に、3章で言及したような進学校にいたということだけが自慢の元高校教員の下手な指導などを受けなくて済んだわけである。ただ、国語だけは、教室で古文漢文の読解をしてもらえれれば・・・とは思った。)

 こんな有様だから、いわゆる大学受験に走ったのも無理はない。大学に入って4年間を過ごしたが、その中で、一般教養課程を受けたり、1年生の工学部や理学部入学者が意外に広い視野と専門分野に対する深い関心を持っているのに気付いて、高専とはいったい何だったのか、改めて考えさせられた。

 筆者は、高専から目をそむけ続けていた。しかし、本文で触れた、高専増設論などの無批判な高専礼賛論が再び起き始めていること、さらには、何事もなかったように専門職業大学制度ができることが決まったこと、そして、野村正實『学歴主義と労働社会』が出版されたに及び、もう一度、高専とは一体何だったのか整理しておきたくなったのだ。以上で述べた高専教育への疑問と筆者のごとき者の自主学習とやらは、どうでもいいことだとしても、同書やHPで触れられている高専生の進学動機(家庭の経済状況・学歴主義を「内面化」していない、あるいは、できなかった)や学内における境遇(一般教育・教養の軽視)、そして卒業後の処遇(資質優れながら高専の言説を信じ高専卒で終わった者の企業内における処遇など)については、中期以降の高専生についても思い当たる実例がいくつもある。大ありである。ちなみに、筆者のいた東日本地区の高専の学科は、新設学科ということもあって、当時の入試倍率が平均的な高専の学科の倍率の倍の倍率であった。たまたまその年に高専を含む高校入学者に県下一斉テストを課されたことがあったが、そのテストのクラス平均点が県下で5番以内に入っていたと聞いた。つまり、県下1番の進学校に匹敵する学力であった。その学科においてさえ3年生までに2割が退学していった。大学受験のために退学するものも若干いたが、多くは不遇のまま退学していった。こんなことは、高専関係者には珍しくもなんともないことだし、何のネタにもならない。高専側の論理によると、退学者は受験勉強の弊害で高専における自主的な学習態度を身に着けられなかったということになろう。もちろん、そういう面は決して否定できないし、確かに退学していった者の中にはそれがあてはまる者がいた。しかし、いくら何でも多すぎないか、と思うのである。一定水準の大学工学部入学者の2割が専門分野不適合で退学するのであろうか。つまり、どこか、高専制度に内在するものが原因となっていないか?ということなのである。

 私が高専について触れるのはこれが最後になるであろうし、記憶の断片からも消し去りたいと思っている。 

 筆者は、高専礼賛論に対応して、これに批判をぶつけた。良いところとされている点が、逆に致命的な欠点になっている、あるいは、いろいろ宣伝される高専の教育は、高専発祥の独自のものではなく他の教育機関でやってきたことである、という理解である。しかし、高専に対しては同情すべき点もあると考えている。本来は少なくとも大卒に準じるはずだったのに、その後、国がどんどん大学を増設し続け大学進学率が50%を超えるにいたった。その大学の中には、「理工」系大学ならともかく、技能職的な人員養成のための教育機関をして「大学」と称し大学院課程まで持っているというものさえある。また、設立当初からの短期大学側の高専への仕打ちは酷かった。彼らは、自分たちの存在を守るため、「大学」の名の使用を許さなかった。一方、時期が来たら、いつのまにか学位授与権を取得したり、大学に昇格したりした。どれだけの人間が辛酸をなめたことか。高専の悲劇は、ここに始まっているのである。散々、高専生の気質や学力の質を問題にしてきたが、短期大学の生徒の学力などは問題とするにも及ばないほど低いし、世間もそれを知っている。

 高専の地位は相対的に落ちて行った。マイナーになっていった。それ自体はやむを得ない。しかし、国や学校は、高専をして独自の存在である、時にはエリートであるなどと持ち上げてきたが、これはすべてウソなのである。やはり、エラい人は、高専を下級技術者需要を埋める都合のよい存在と考えているのではないか。あるいは複線型教育の実験場にしているのではないか。大学生が増えて就職難になったら、やっぱり高専だと言い始める変わり身の早さ・・・愚かとしか言いようがない。進学高専などというのは、あるいは、これらの仕打ち対する無言の批判であると考えたら、少しは、理解出来る。また、もしかしたら、世の多くの人は、専門職業大学を18歳から始まる高専ぐらいに考えていて、専門職業大学と高専は、結局、一般人には一緒にされており、どうでもいいことなかもしれない。高専への認識はその程度のものなのだ。

 教員には親切な人が多かったし、劣悪そのものの環境の中で研究に勤しんでいた人も多くいた。教員が、この学校を選んだ者のために最善を尽くし、こんないい学生がいると宣伝するのは人間として当たり前の行為であるが、筆者の数々の高専批判がこれに水を差しているのは間違いないだろうし、あえて言うなら、水を差すのが目的である。ただ、彼ら教員の名誉のために言っておくと、確かに設立後10年経過したぐらいから、専攻科設置の話題が上がるまでの間は、高等教育機関で教授研究するのに疑問符のつく人たちが増えてきた時期があったのは否定できないが、平均すれば、高専の教員になるのは、能力面で考えて短期大学よりも狭き門である。短期大学の方がはるかに広き門である。そもそも生き馬の目を抜く工学分野における研究者と多くの短大教員を比較するのも失礼な話である。鷲田小彌太『大学教授になる方法』では、T高専の一般科目担当教員は全員東大と東京教育大出であるなどの事例を挙げながら、「短大は広き門」「高専は広き門にあらず」と明言している。それでも高専の教員が本来の能力よりも能力を伸ばせなかったのは、彼らが生徒同様に狭い世界に閉じ込められたことも一つの原因である(但し、初期生は時代背景があるから別として、特に、中期以降の高専生え抜き・技科大出身教員は外の世界を知らないまま、下手をすると、幼稚なまま知的な向上のないまま専門家などと称している者も多い。ちょっと成績がよくて人柄に難がないというだけで、自校に戻してもらったのではないかという例はいくつも見た。もっとも大学でも教授お気に入りで助手・助教採用という例もあるにはあった。ただし、高専の場合、15歳から特殊なそこしか知らず外部転出もほとんどないという意味でより深刻である。筆者は、逆に”生え抜き”にこそ疑問を持っている)。また、例えば実務家教員に形式的に学位を要求するのは間違っているだろう。さらに、高専には若年層が在学しているため厚生指導・生活指導も必要であったことも忘れてはならない。彼らの研究者・企業人・教育者として仕事は個別に救い出して評価すべきである。

  企業側から見て高専生は「素直」「純朴」であるという評価がなされることがある。筆者の印象では、そういう生徒の比率は3割に満たない。高専生は「専門科目に優れる」という評価がなされることがあるが、その生徒の比率は2割未満で、「素直」「純朴」な生徒に重なる。本当に優秀なのは1割未満である。このせいぜい多くても2割程度の割合の生徒の存在がーその多くは家庭の経済力が低いー企業側の肯定的な評価につながっている。入学当初はこれらの割合はもう少し多かったはずなのだが、結果的にその程度の割合に落ち着くのも、また、高専教育の特質である。教員側もこの少ない割合の生徒のために、彼らは大学に行かないけど専門科目をしっかり学ばせたい等と思って頑張るが、そこには、かなり“憐憫”の情が混じっている。ちなみに、家庭の経済力が低い層を救い出すには、奨学金・なかんづく給付型奨学金を充実させれば済むことである(野村氏もそう考えている。何を隠そう私筆者も決して豊かとは言えない家庭の出身である。また、学歴主義が成立したとされる1960年代半ば以降、だいぶ経過した時代に、私は学歴主義を「内面化」出来ていなかった。)。また、既に述べた通り1期から7期8期あたりまでの集団としての高専生の優秀ぶりは直の話を聞いたことある。あるいは、時代をやや下れば、技科大設置前頃までの年代にも奇才・超秀才が入学してきたが、7期8期までよりはかなり母数が劣るようになったという述懐も聞いたことがある。そして、1期から3期あたりになると、もはや"別格"である。このすこぶる優秀層は専門科目に秀でていたが、ある程度の知性も持ち合わせていたように思う。教員の述懐や、学校史等から、概ね、そのように見てよいと思う。もちろん、高校生や大学生そのものの気質の変化も考慮に入れるべきだが、高専の場合、その変化がいかにも急激だと思うのである。このことは、特に地方、今のギリギリ50代半ば以上の年代までは、職業高校を選択した優秀層も多くいたが、その後、この割合が急激に減少したことと一致している。大学に行く場合でも、一般入試で突破した者が多かった。5期あたりからわずかに編入試験が認められるようになっても、当時は一般的ではなく極めて限られた大学で限られた人数しか合格せず、内容的にも非常に難関の試験であった。そのため、やはり、一般入試を受けることが多かった。皮肉にも、彼らが大学入試をすればしかるべき結果を残せることも、当時の高専生の学力水準の高さを証明していることなる。この初期高専生の存在は高専関係者にとっては”憧憬”となっているが、逆に、時代が生み出した限定的な現象であったことを忘れてはならない。繰り返し言及する野村・前掲書における個人的体験の述懐の主意の一つはこの”時代性”にあると思う。

 ところで、筆者は引用した書物の関係もあって「下級」技術者の表現を無批判に使った。技術に上級も下級もないという者もあるだろう。では、中堅の「中」は何だったのか。中はよくて、上下はダメなのであろうか。「中」は「真ん中」のことだというかもしれないが、真ん中があれば「周辺」「亜流」があるのだから同じことである。ご自分たちは専門学校よりは「上」といっているが、その「上」とは何なのか。「大」企業に入れるというが、「中小」企業ではダメなのであろうか。

 中学校で進路指導に携わる人、進学塾の人たちには、この拙いブログを材料にしてよく考えてもらいたい。言えるのはそこまでである。高校の進路指導担当者で自分の生徒に理工系志望者があった場合には、これまで通り自信をもって「いい大学」「実力のある大学」への学習指導・進路指導をしてもらいたいと思う。ここで「学歴主義」についてであるが、これは別の見方をすると、自分に能力があるというのであれば日本における大学入試や競争的試験程度のことは突破して見せよという程度のことに過ぎない。万が一、Aの大学を落ちてそれよりワンランク下のB大学卒業生であったとしても、その程度の差は、実社会で埋められる。日本の大企業・製造業には数多くの地方国立大学や私立大学出身のトップが存在する。日本には学歴主義が厳として存在するが、それは比較的緩やかにして公正なのだ。しかるべき水準以上の能力・学力がある者は、堂々この競争に参加すればよいと思う。そして、進路指導の際には、筆者のような者でも、自習でそこそこの水準には到達できることも思い出してほしい。

 高専批判の第一の対象は、これが生み出した、自称専門家や制度に便乗した人間たちである。敢えてそう言わねばならない。「3割に満たない」「純朴な」「高専卒」の人たちよ、許してほしい。もちろん、入学者の資質が下がっているとはいっても、高専入学者が入学時に潜在能力の面で無能だという気はない。しかし、多くのそのようになってしまった、あるいは、多くのそのようなものになるとわかっていた人たちを批判しているのである。現在でも、高専の体制や雰囲気に大きな疑問を持ちながらもーあるいは、卒業後にやっと大いなる矛盾に気づくこともあるがーそれこそ、教員との個人的接触で勉学研究意欲を保っている者も絶えなくして僅かにある。逆にこの僅かにある人たちをダシに高専教育を礼賛することは許されないのである。また、7期~8期を含む初期高専生に超秀才あるいは天才が存在しことは、繰り返すが、”時代性”が生み出したものである。天才達もいたに違いないのである。しかし、天才はどこにいても天才なのである。第二に、筆者は高専という「制度」自体にも勿論反対である。これに一部の才能ある生徒・研究者としても優れた教員がいるということとは別である。この生徒や教員は、他の機関でも、否、他の機関であればより活躍できたのでないだろうか。非常に心苦しいが、この優れた生徒や教員であればこそ主張する高専礼賛をも、筆者は徹底的に批判したかったのである。罵詈雑言、主観・推測もあったが、そんなに間違ったことは言っていないと思う。

 最後になるが、高専出身者は英語ができない、教養がない、にかこつけて、あるいは、ある試案にかこつけて、渡部・平泉「英語教育大論争」を掲げたのは、暗喩になっていることをお断りしておきたい。

 

 

 

 

 

 

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