追記② 高専教育の実践性?

 特集・大学教育の「実践性」『日本労働研究機構雑誌』No.687所収「『実践性』から見た高専教育」は、高専出身者に対するアンケート調査やウェブ調査に基づいて、高専卒の処遇を論じている(以下、「本稿」「著者」と略。また、以下で「アンケート原本」としてあるのは、この調査が「KOSEN 発“ イノベーティブ・ジャパン” プロジェクト」として行われたことから、このウェブサイトたるhttp://www.innovative-kosen.jp を参照した)。「1971年入学以降」定常状態に入った時期以降の高専卒業生を対象とする(49頁)、慎重な調査ではある。しかし、いくつか気になる点がある。

1.本稿Ⅲ 高専卒業生調査の概要 Ⅳ 高専に対する社会的評価の検証 について

 第一に、全体のデータについて。アンケートによる高専サンプルが2000か3000なのに対し、それよりも規模が大きく多様にわたる国公立大卒サンプルが、200から360程度しかもウェブモニタ調査によっていることである。あまりにも国公立大卒の調査が薄く、高専卒の方が目立つ結果が出てしまっている。

 第二に、「図1 高専入学者の中3 時成績の分布(1 年次入学者のみ)」(49頁)「上のほう」「やや上」という基準はあいまいすぎる。もっと正確な分布、たとえアンケートによるにしても、中学校で何パーセントに入っていたか、などは聞き出せたと思う。これに、これまで多く出されてきた高専側のデータを照らし合わせてみてもよかったのではないか。おそらく、心ある高専関係者の実感としては、(国立)大学工学部に相当する専門学力を目指してはいるが、例えば田舎の中学校で同学年300人中60番程度以下つまり「上の方」とも「やや上」とも取れるような学力の者が多くなり、とてもじゃないが、(国立)大学工学部の学力水準に達することが出来ないということなのである。つまり、上層の厚みがいかほどなのか、上層の厚みの推移の分析が足りていない。

 第三に、「図3 卒業年別 初職の職種(高専本科卒就職者のみ)」(50頁)における①研究・技術職(開発・設計)や② 技術職(開発・設計以外)のやはり中身なのである。①には開発部門や研究所勤務といっても、補助的役割や比較的単純な分析的業務を担わされる可能性も十分あるからである。また本社か事業所かによっても異なる。さらに、「設計」にも応用的・大規模なものと初等的なものがあるはずである。②については、アンケート原本に「品質管理」「生産管理」などの項目があり細分化されているようであるが、管理的・解析的・技術開発的な業務(に最終的に職位が上昇していけるか)かどうかの区分も可能なはずである。ただ、これらについても細分化された選択肢アンケートで聞き出すことは難しいのかもしれない。選択肢として、a.研究開発部門の補助的業務、b.初等的な設計業務かどうかなどは、自校出身者が正確に回答したないか、そもそも業務として明確には区分できない分野もあるからである。しかし、項目立てが大雑把で結果に大きな影響を与えてしまう危険性が大きいことは否めない。

 同様のことは、初職の企業規模(図5・51頁など)にも言えるか知れない。ただ、これについては、日本企業の強いグループ性と帰属意識、近時の再編や採用方法の多様化・流動性を併せると、事業所・現地・工場採用かどうかまで分類するのは難しかったのかもしれない。これはやむをえない。

 第四に、「表2 学歴別年齢階級別現在の収入」(52頁)は、やはり、このアンケート調査の信憑性を疑わせるものである。高専本科卒は、(1)初職の企業規模(51頁図5)、初職の職種(51頁図6)が国公立大学に近いとされているかむしろ国公立大卒よりも開発設計以外の技術職への配置が10ポイントも多いとされているにもかかわらず(なお、高専卒のほうが国公立大卒よりも1000人以上の規模の企業への就職率が3ポイントほど高い)、(2)給与が、国公立大学より、①25歳から30歳まで64万円、②31歳から41歳までで28万円、③42歳から52歳までで40万円も高いのである。ところが、53歳から59歳まででは、国公立大卒が11万円高くなる。しかも、国公立大卒にはサンプルデータが少ない関係上「院卒」も含めて計算しているにもかかわらずである。これは明らかにおかしいか、新発見である。無論、著者は、高専卒のデータが高い方に若干偏っているのではないかという点を割り引いて,高専卒の収入は国公立大卒にほぼ匹敵し、さらには、大企業・技術職への就職のしやすさを介して,一般的には良好な職業キャリアを約束してくれルートを提供していることを調査結果は示していると結んでおり(52頁)、慎重な姿勢を示してはいる。もちろん、学部卒サンプル数の問題も含めて、しかるべき手法によって統計処理をすれば、矛盾のない結果が出ることぐらいは、著者こそ専門家として十二分に理解してはいるだろう。しかし、このアンケートに答えた者が、たまたま高専本科卒の上層なのではないか、かなり多めの額を回答しているのではないか、ということは十分に疑ってよい。そして、この素のデータを堂々とさほど批判的に見ずに掲げてよいものかに疑問を持つ。

 第五に、部課長昇進機会についてのデータは省略してあるが、この点は、本社・支社・出張所・事業所・工場における管理職かどうかの区別が行われていたか、という疑問が残る。一応、アンケート原本には、「一般社員・職員」 「 係長・主任クラス」 「 課長クラス」 「 部長クラス」という項目が見えるものの、人によっては、企業における人事実務を知るが故に、事業所の課長が自分を本社主任と理解して回答する場合と、単に役職名で回答する場合に分かれてしまう危険性が十分ある。企業規模と年齢については卒業年度と初職・現在の所属企業規模の結果が得られているから、ある程度分析可能だろうが、しかし、同じ1000人以上の大手でも巨大企業では「部長」のもつ意味合いは異なるだろう。「昇進可能性」は高専卒の処遇の重要問題のはずなのに、その姿が見えない。上記第三で指摘した項目立ての問題よりも重大で、項目立てをしなかったこと自体が重大と考える。もちろん、大学学部卒との相対的評価を行うとしたら、多少問題は薄まるだろう。

 前章まで高専制度そのものや高専制度をめぐる安易な言説を厳しく批判したのとは異なり、私筆者は本稿を厳しく批判しようとは思わない。そもそも「アンケート原本」は高専教員によって独自に作成されたに過ぎず、著者の研究手法に適合する形で、著者の精査を得て作成されたかも疑わしい。社会学や経済学の手法特に実地調査について私筆者は門外漢である。実地の手法に門外漢だから許される、素朴な疑問(あるいは、門外漢だからこそ許されない非科学的な言い掛かり)なのかも知れない。ただ、この本稿が次のような指摘をしていることは重要である。

国公立大学では学部卒業後4 割以上が大学院に進学したのに対して,高専から大学・高専専攻科を経て大学院に進学した者の比率は14%にとどまる」「技術者養成において大学院教育の比重が大きくなるにつれて学士の価値が低下しているとするならば,たとえ高専卒が「学士並み」の社会的評価を得ているとしても,必然的に高専卒もその傾向に巻き込まれてしまうことである。高専卒の評価が低下しているとする言説の背景には,拡大した大学院修了者のキャリアを暗黙裡に比較対照群として想定していることがあると考えられる」(52・53頁)。

 一流大学工学部卒の軽く8割以上、平均的な国公立大学工学部卒の6割以上は大学院へ進学することは今更指摘するまでもない(一般に、威信の高い、伝統のある大学ほど大学院進学率が高い。国公立大学工学部で3割を切る大学はほとんどあるまい)。一方、私立大学のデータも示されているが、確かに地方の中堅私大で就職実績が高いところでも、あるいはそうであるからこそ、大学院進学率はかなり低い(地方・非首都圏の中堅私立大学工学部で15%から20%と思われる)。それより下層の私立理工系では、大学院進学が10%を切るケースもあるだろう。しかし、そうすると、高専の大学院進学率14%(高専からの大学・専攻科進学率が低い若しく無い時期も相当長く、現在は4割で高止まりしていることから考えると、現在では高専卒業生全体の2~3割は大学院に進学していると思われる。この率は専攻科卒の大学院進学率3割と一致する)というのは、国公立大卒はもちろんのこと4割とも言われる理工系大卒全体の平均よりも低いのであり、大学工学部卒の中でも「平均以下」の学士卒側に「巻き込み」が発生しているのではあるまいか。 

2.本稿Ⅴ 高専教育時の実践性について

 表4「役立ち度」の平均点(53頁)では、アンケート調査によって、「実践的」=「役立ち度」を10点満点で点数化した結果が示されている。結論は、「卒業研究,英語の学習,人文社会系の一般教育科目を除いた多くの項目で高専卒の方が大学卒よりも1 ポイント以上高くなっている。「役に立つ」=「実践的」と捉えるならば,高専教育の方がやはり「実践的」であると受け止められていることになる」というものである。

 第一。はっきり言ってしまえば、「役立つ」「実践的」教育をしてきたと称する高専教育がその役立ち度・実践性について、大学学部卒より、10点満点で1ポイント程度しか違わないというのはどういうことか。高専生は「役立つ」「実践的」という価値の中で教育を受けている。教える側も「役立ち」そうなことを教えようとするだろう。そうすると、企業などに入って、本当に学んだことが役立っているかどうかについては敏感なはずである。そういう意味では、このアンケートには信憑性があるかもしれない。しかし、必ずしもスローガンとしての「役立ち」を強調しない大学工学部の学部卒が、高専より1ポイント低いだけとなっている。高専教育は、そのスローガンを強調して懸命?になっているわりには明確な特性・成果が現れていない。

 第二。表を見ると、最もポイントが開いているのが「部・サークル活動」である(高専が2.1ポイント高い)。専門的な学習よりも「部・サークル活動」が役立っているというわけである。最もポイントが開いていないのが「課題研究・卒業研究」である(高専が0.36ポイント高いだけである)。また、著者も指摘するように、国公立大学に限定すれば、卒業研究の役立ち度は高専卒より少し高くなっている(54頁)。

 第三。次は価値的な評価である。

 ①役立つことしか教えなければ、役立つと考えるのは当たり前である。しかも、高専生の場合は、その「役立つ」を「すぐに」「直接的に」の意味で捉えている可能性も十分ある。②卒業研究を除き、講義・実習等が主観的に「役立つ」と感じているということは、普通に考えて、基礎原理からの応用的能力があまり期待されない業務についている可能性はあるまいか。既に引用した「すぐに役立つことはすぐに役立たななくなる」 とは、小泉信三の言葉でもある。「実学」こそ重要といったのは福沢諭吉である。「役立つ」なり「実学」なりが、本来どのように理解されるものなのか、理工学に引き寄せたらどのように理解されるものなのか、著者は、それらの言葉を私筆者などよりはるかに正確に理解しているはずである。