追記④ 朝日新聞高専記事「(いま子どもたちは)高専で学ぶ」

 平成30年10月28日から、朝日新聞高専に関する記事が掲載され始める。

 この記事が、たとえ「子どもたち」にとっての高専というアプローチであっても、高専制度の歴史、実態も踏まえた、多角的な視点を提供する、従って論評に値するものであるかどうか観察していく予定である。確か、日経新聞でもシリーズの高専記事があったかと思うが、日経に続く「特集」となっている。

 第一回は、相も変らぬ、お題目が並べられる。「5年間トコトン」「実習重視」「生徒ではなく学生」と呼ばれる(がクラス担任がいる)・・・などである。あらゆる高専関係の記事・宣伝活字の出だしは、いつも同じであり、朝日もこれに倣っている。こうしたお題目の背後にある問題性は既に"トコトン”述べてきたので、敢えて繰り返すまい。また、高専生の一部の学習活動を取り出して、実践的なことを教える素晴らしい教育機関らしいというところも、ワンパターン極めり、である。しかし、そのこと自体はまだよい。問題なのは、これぞ高専、とやってしまう愚である。

 この記事には、ロボット創作などに打ち込んでいるという輝ける生徒が出てくる。「大学入試がないので、やりたいことがやれる」のだという。はっきり言っておく。一般の工学部志望の高校生は、大学の工学部で「やりたいことをやる」をやるため受験勉強をし、就職活動も、その企業でやりたいことをやるため採用試験を受けるのである。否、普通の高校生でも、科学研究部などで、やりたいことをやっている。数学や物理の難問を解くことが今の所やりたいことで、これを将来やりたいことに繋げようという子もいる。この記事に即して言えば、彼らも「子どもたち」として輝こうとしているのである。

 そのロボットの生徒も、専門分野を深めるため大学に編入したいのだという。では、逆に問わなければなるまい。大学編入に「入試」はないのであろうか?また、専門分野を深めるためというが、多くの工学部生は、その「深い」専門分野にその大学の4年通常のカリキュラムに従って、自然に入っているのである。さらに、現在、大学工学部で「深さ」を求めようとしたら大学院に行かねばならない。そうすると、これも、繰り返しになってしまうが、若年時の専門性の高さは相対的なものに、むしろ、基礎科目を軽んじるために、一般知識の欠落、専門分野についても広さと深さがなくなる。

 そのロボットの生徒は、優れた資質を持った者に違いない。大学入試があれば簡単にそれを突破するあろう。そして、大学に1年から入っても、やはり、ロボットをやるだろう。それを批判材料に使うのは酷というかも知れない。しかし、彼を、高専制度一般の美点を説明するためのサンプルにするならば、高専批判のサンプルにもされるということである。「子どもたち」にとっては酷なことであるが・・・。

 記事中、『高専教育の発見』(本文・追記③で批評済み)の著者の一人である高等教育論の研究者によると、高専は一人当たりに公費の投入が多いが、これは、高専が現在の規模に留まっているからであるという。実は、かつて、筆者は、教務主任か誰かが講堂集会の講話で、「公費」投入の相対的な高さを説明されたことを覚えている。中だるみで勉強しない者が非常に多く見られ、退学する者も多いが、公費は国民の税金であることを考えよと。筆者は、その研究者なり、かつての教務主任なりの言葉に違和感を覚えている。公費投入が比較的多い学校とは言うが、それは、高校と比べてのことで、大学工学部には到底及ばないのではないかと。大学工学部は貧窮しているという。しかし、高専の実験設備は大学工学部よりも遥かに貧弱であり、研究室・講座に、助教も、独自の技術職員も、大学院生も、研究員も、いないし置けない。おそらく、高専と大学は目的が異なるという主張であり、公費も「教育」公費の相対的高さを言っているのであろう。しかし、「工学」系で、人材の厚みが足りない、実験設備が貧弱というのでは、ここでの教育を選ぶ子どもたちに、あらゆる面で不利をもたらすであろう。だから、進学するのだということの矛盾については、既に述べた。ましてや、これを増設するなどもってのほかということになろう(増設すれば、現在の高専教育の内容さえ維持できない、というのは発見であった)。

 この記事の表題は「子どもたち」ということであるが、その子どもたちを「学生」と呼んで表面上そう扱うことについては、グロテスクな事象とご都合主義的な面があることも再度確認しておこう(第2章、第4章5、終章)。

 ワシントンポストの記事は、高専制度の把握こそ表面的だが、欧米人が高専制度をどのように把握しているかという点で興味深かったから触れた(本文・追記①)。この朝日の記事も読んでいくことにするが、これから展開される高専および高専生の姿及びその背景にあるものは、全て筆者のこの文章で説明できると思っている。説明できないことがある場合のみコメントしようと考えてる。筆者が何も言及しなければ論じるに値しないものとして黙殺していると思って頂きたい。偉そうに、と思うだろうが、筆者は朝日の人たちと違って、高専に身をさらしたことがあるから、この程度の傲慢さ(新聞記者には及ばないが・・・。しかし、傲慢さは新聞記者には必要悪である)も許されると考えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

追記③ 『高専教育の発見-学歴社会から学習歴社会へー』批評

 私筆者は、前章までを書き終えた後、矢野眞和ほか編『高専教育の発見-学歴社会から学習暦社会へー』を入手し目を通した。

1.第1章「この発見に向けて」

 高専制度発展の概観。神戸高等工業学校からタコ足化した神戸大学教養部・工学部への変遷過程を例として、産業界から不満のあったとされる新制大学工学部を扱っており、これには興味深い部分もあった。また、旧制工業専門学校からの新制大学工学部への転換期ではなく、あるいは1960年代の高専創立時と同時に大学工学部の大増設が重なったことの問題とも異なる「大衆化した大学工学部が機能分化を進めその一定部分は中級技術者となった」(20頁)局面を迎えているのは、近時の高専関係者の問題意識である。その確認。      

 しかし、「意図せざる教育実験」(21頁)は腑に落ちない。私はこれに引っ掛かりを覚えながら本書を読み進めた。これについては、本書を読み進めて最後に言及することになろう。

 神戸高等工業学校の変遷の他に、本章について、私筆者なりに興味を覚えたのは、OECDのコメントである。これが本書批評の第一になる。本書2頁以下では、OECDレビューが高専制度に高評価を与えていることに加えて、次のような高専の学生に対する評価を与えていることが引用されている。

 

「理論上は高等教育向きではない生徒も、中学を卒業した時点で高専に入学して、その後5年間から7年間にわたって工学や経営学の応用面に力点を置いた教育を受けることができる。・・・・他のOECD諸国では、かれらのような生徒は高校に進学しても中退してしまう可能性がある。中等教育段階および高等教育段階における日本の若者の選択肢の多様性には瞠目すべきものがあり、日本の教育システムの長所の一つである。」

 

 このOECD評価に対して、高専で企業や経済に関する科目を担当しているという著者は、「とくに学生に対する上記の認識は、さっぱり理解できなかった。高専のカリキュラムは工学教育の基本に忠実で、筆者担当の科目などは“異端児”である。『経営学の応用面に力点』はなく、筆者もその必要を感じなかった。また、高専の学生は中学の成績も上位で、高専卒業後に国立大学工学部へ進学する者も多い。かれらが高校を中退する層であれば、日本の高校には誰もいなくなる」という。

  だいたい、OECDなど国際機関は外国制度の把握がそもそも不正確か、不正確と知ってトンチンカンな提言をしてくることも多いのである。私筆者は、高専の生徒はそんなものではない、という著者の懸念もわかるが、しかし同時に、OECDの指摘もある程度は理解できると考えた。

 第一。高専は専攻分野を拡大して経営学や経営情報学の分野を有しているが(高専全体から見れば微々たるもの、しかも、単に実験的にあるに過ぎないのだが・・・。この点、私筆者の文章の第5章5節及び第6章。以下、( )内の章は私筆者のこの文章の章)、OECDが言う経営学云々は、この専攻としての経営学のことではなかろうか。この著者が担当しているという概論科目としての経営学のことであれば、高専において、これをして応用面に力点を置くことは単に“不可能”か“無意味”であるに過ぎない。必要性を感じる以前の問題である。

 第二に、それは一部あたっている。①従来からの留年退学問題と②学力の二山化問題である。

 第三は、大学システムへの抑制と撤退の観点。少なくとも狭義の大学システムへのアクセスは抑制ないしこれから撤退させるべきというのは、ヨーロッパやこれに影響を受けた諸外国の教育制度に組み込まれた考え方である。これを単純明快に実現できる仕組みが複線型教育制度である(第9章8節)。このような理解からは、通常の大学進学コースー日本で言えば普通科高校からの大学受験。ヨーロッパではギムナジウムやリセを経て、アビトゥア・バカロレアなどの試験を受験ーから抑制・撤退させられるべき層が生じることになるが、しかし、彼らに専門的教育が不要なわけではなく特に職業に重点を置いた教育が必要となる。我々はOECDが暗にある前提を持っていることに気付かねばならない。OECDにおいては、大学システムとは別建ての教育機関には「理論上は高等教育向きではない生徒」を流入させるべき、あるいは少なくとも、高等教育機関を学力層によって差別化させるべき、と考えているのである。このような前提があるからこそ、日本の高専制度では、抑制・撤退させられべき層が高専制度に流入し高度の専門教育を受けることが出来ていると解釈しているのである。

 私筆者は、高専制度は比較的優秀層を集めているが、単線型教育制度の元では逆にこの優秀層に抑制と撤退が生じてしまう。一方、わざわざ別立てのルートを作りその同じルートに閉じ込めたにも関わらず、低学力層も含むにもかかわらず、高専の一般大学への進学率が過熱しているのは矛盾だとも指摘した。一方、上述の通りOECDの見方では、高専制度は、大学ではないが比較的高い水準の「専門教育」システム又は大学とは異なるアプローチの教育を行うシステムと理解し、これに、余り学力の高くない生徒が流入しても、あるいは流入させても、相応の教育を完結させることが出来ると考えているわけである(大学システムへは抑制・撤退、非大学システムにはwarm up 昴揚 )。なぜ、同じ教育システムに対してこのような見方の差が生じるのか。それは、-繰り返しと確認になってしまうがー、高専側が、大学システムへの抑制と撤退をさせたうえ職業教育システムに分岐化・多様化するための複線的制度を、何としてでも大学「相当」と位置づけようと「宣伝」し続けた歪な「努力」のためなのである。高専を単純に大学システムと切り離された職業教育システムときちんと位置づければ、ここに流入する学力層はせいぜい中上位程度であり、少なくとも、学力層と教育内容は整合的になるはずだというのに・・・。著者が言う「工学の応用面」云々についても「大学工学部並み」だの「創造的」だの、さらには教育スローガンに「応用力」という言葉をそのまま用いたりと、してきたの高専側であるから今更「基本に忠実」というのは頂けない。

 次に、高専の人気が落ち、OECDが言うように「高等教育向きではない」「高校に進学しても中退してしまう可能性」がある層が集まる気配を感じたときに、高専は何をしたか。自分らで大学同等システムと称しておきながら、今度は、通常の大学システムにさらに接ぎ木できるとしたのである。高専制度が成熟した後は、この措置によってこそ、高専は生徒の質を何とか保ち、かつ、現に多くの大学工学部への進学を見たのである。

 確かに、著者が懸念を示したように「理論上は高等教育向きではない生徒も、中学を卒業した時点で高専に入学して・・・工学や経営学の応用面に力点を置いた教育を受けることができる」というOECDの指摘は必ずしも正しくない。高等教育向きでない生徒に、工学や経営学の応用面に力点を置いた教育を施しても「身に付かない」からである。この感覚は、現に教育に従事する教育者であってこそ始めてわかる。あるいは、そういう指摘をするなら、大学が大衆化した日本では「理論上は高等教育向きではない生徒も、18歳時点でどこかの大学工学部や経営学部に入って工学や経営学の応用面に力点を置いた教育を受けることができる」とでも言うべきであったろう。その意味では、OECDは日本の高等教育システムの全体を把握できていない。しかし、このようなOECDの理解こそが、高専制度がねじれていることの表れなのである。理論的に高等教育向き、大学システム向きの生徒には、素直に大学システムへアクセスさせればよいのである。わが国では、研究型の最上位大学とは言わないが、中堅上位の大学群が「工学や経営学の応用面に力点を置いた教育」を正に「実学」として担ってきたからである(第10章)、それどころか、冒頭で著者が言ったように「大衆化した大学工学部が機能分化を進めその一定部分は中級技術者となっ」ているという現実さえもあるからである。矛盾の上に矛盾を重ねて、見えなくしたつもりが、OECDのコメントによって、うっすら見透かされたとも言えないか。

 なお、アメリカは単線型教育制度であるが、実は、コミュニティカレッジが高校卒業後の進路を抑制する機能を持っているともいわれる。あるいは、複線的な教育制度をとっていた国においても、大学・高等教育への流入は増加しているか、むしろ複線モデルに対する反省もあると言われる。しかし、仮にそうであっても、高専のように複線型モデルにもかかわらず、「法制度」とその「運用」に、「学力」による「区分」に、歪さをもたらしている点は、散々指摘した通りやはり重要であって、以上の問題意識は必ずしも間違っていないものと考える。

 2.第2章「見えない『高専卒』学歴の効用を明らかにする」

 本章は、前章「高専教育の実践性?」で私筆者が引用した「『実践性』から見た高専教育」論文の著者と同一人物によるものである。47頁以下、同一データを根拠に、「社会全体の中に位置づければ、高専卒の学歴は、大企業・技術職への就職しやすさを介して、一般に望ましいと認識されている職業キャリアへのアクセス・ルートを提供している」と結論付ける。にもかかわらず、なお、「高専本科没落説」が受けれいれられてしまう原因は、ある呪縛があるからではないか、それが「大卒同等説」「初期高専像」の呪縛である。しかし、筆者はこの呪縛からも解放されていると見るべきかもしれないという。例えば、(1)高専への進学動機には、かつて大きな割合を占めた経済的な理由のほかに、①就職のしやすさ、②技術に興味があったから、というのも増えてきている。(2)「給与」や「昇進のチャンス」が「とても適切」と答えたものが約7割いる、ことを指摘する。

  このあたりが、本章の要約であろう。データの取扱いについては、私筆者の前章におけるコメントを参照するとして、しかし、上記の結論と理由付けには大きな怒りを覚えた。もちろん、第三者として分析している著者にではなく、その、『呪縛』を作り出した張本人たる高専制度や高専関係者に対してである。

(1)「社会全体の中に位置づければ、高専卒の学歴は、大企業・技術職への就職しやすさを介して、一般に望ましいと認識されている職業キャリアへのアクセス・ルートを提供している」ことなどは、「一般に望ましい」かどうかは別として私筆者は百も承知なのである。あえて言うなら、「見えない」どころか経済力の低い家庭の親や子弟にはその“黄金の橋”が「見えて」いた。日本では給与が所属企業の企業規模で決まりやすい。その有難い大企業に受け入れやすい適度な学歴と教育を得させ、下級技術職・技能職・現業職を独占させるという構造に、本来ならしかるべき高等教育にアクセスできる層を巻き込むというシステムを問題にしてきたのだ。

  1. 「社会全体」の中ではなく、「同一学力」「同一企業グループ」の中で比較すれば、そうではない。
  2. 待遇云々もさることながら、その能力を持った者が受けるべき得るべき教育内容、最終の社会的地位の問題としても把握されなければならない。
  3. 社会システムの妥当性。(ⅰ)大学高等教育のバランス問題、(ⅱ)企業規模による給与決定システムが妥当かどうか、(ⅲ)技術とは何か、というあるべき社会論。

 例えばどうであろう。中堅より下位の大学工学部を全て高専にしたとき「大企業・技術職への就職のしやすさを介して、一般に望ましいと認識されている職業キャリアへのアクセス・ルート」が皆々に行き渡るかどうか。大学システムにアクセスした者が相対的に損をするというのであれば、大学を減らせばよいだけである。もちろん、高専を増やせというのは著者の主張ではないし、むしろ増設策には慎重であるべきという(後述)。しかし、この”きわどい”バランスのうえに高専が成り立っていることを著者は知っているはずである。

(2) 「大卒同等説」の呪縛? 「大卒同等説」「初期高専像」を喧伝してきたのは高専側ではないか!「大卒同等説」こそが高専制度を形作りこれに生徒を招き入れてきたのである。

 その待遇に満足というのは、高専卒は高専卒だから、待遇は大卒・院卒とは異なる独自のものとして確立されたからに過ぎない。まさに、大卒同等説から逃れればそのように言える。そして、もちろん、制度に対する「満足」度は、このようにしか計測できない、ということは私筆者は理解できる。しかし、どうせ高専なぞはそんなもん、あるいは、大企業に勤められればそれでよいし高度の科学技術やそこでリーダーシップを取ることをあきらめている、という意識も背景にあるのではないか。かつて、工業高校の入学者の質は高く、企業にも技術職で入社できた時期があった。ところが、ある時期から、ほとんど現業職としてしか採用されなくなった。それは、工業高校出身者と工業高校の地位の低下をもたらした。そのような歴史を有する現在の工業高校生徒で大企業現業職になりえた者に「満足度」のアンケートを取ったら、軽く7割以上が「満足」と答えるであろう。では、現在の工業高校を、職業教育のモデルとすべきと単純に言えるだろうか。現在の工業高校出身者の「多くに」満足度が増すであろうか。私にはそのようなことを頭に浮かんできている。

3.第3章「高専教育の成果は豊かな職業的キャリアをもたらすか」

 「高専で学んだことは仕事に役立つ」ということを高専卒業生データから示すことが本章の役割であるという。それが示されたからといって、高専の、高専生による回答の、高専のための分析、などと揶揄してはいけないだろう。こういうアプローチは象牙の塔であり「役立ち」を前面に出さない大学工学部の方こそ活用したら面白いし、後述するように、本研究もそれを前提としている。もちろん、これに依拠して、大学が「役立つ」ことだけやれといのでは「工学」にとっても重大な危機をもたらすだろうから、あくまで参考資料であるか、あるいは「役立ち」を強調しない方が逆に長い目で見て「役立つ」ことを証明してくれるかである。

 ここに掲げられたデータについて、やはり本書の終章と絡めて言及したい。

 さて本章では「高専でよい成績をとることは、学歴を統制した上でも所得を増加させるような効果を持ってる」として、高専自体での勉学が所得によい影響を与えていることを指摘する(58頁)。一方、同時に「高専本科業後の進学が有意に所得を高めている」として進学の効果も認めている。しかし、「『高専卒』と修士以上の学歴をもつ者とで、企業側から異なる賃金カーブが設定されている」可能性を指摘して(59頁)、「所得・所得についても・・・学士卒学歴との間には有意な差は見出せない」とする(73頁)。つまり、進学することは有意だが、所得格差が現れるのは、高専卒と修士卒との間においてであるというわけである。

 結論として、「企業規模やキャリア選択が同一水準であると仮定すれば、本科卒業生は確かに学士卒よりも相対的に低い賃金を受け取るが、実際はよい企業に勤めよい選択をすることがで、そのハンディを挽回している」(73頁)。第2章とほぼ結論と同じである。その結論については、私筆者は前項でコメントしてある。 

4.第五章 専攻科は高専を変えるか

 高専専攻科の現状分析である。

 必ずしもよく知られていない高専専攻科の実態であり、高専専攻科あるいは高専制度そのものをよく知らない人には、興味深い内容となっているかもしれない。私自身は高専専攻科を経験はもちろん見聞も殆どしていないので、逆に興味深く読んだ。

 ここで目に付いたのは、所得データ分析で専攻科を修了して学士を取得したことの効果は極めて小さいとされる一方、就職後の定着率や開発設計職への就職率は、本科よりも専攻科が高いということであった(109頁。高専本科卒の離職率はかなり高いと言われている)。一方、大学編入の場合は学士取得の効果が現れているとされているという(119頁(注)書き)。

 著者も指摘するとおり専攻科は「中途半端」かも知れない。しかし、私筆者は、中途半端というよりも、高専が内包してきた問題を専攻科もまた内包しているのではないかとの印象を持った。かつて、初期高専卒を含む所得調査において特に目立つ企業側の回答は「職務能力同等の場合に、「業務は大卒同等・給与は大卒以下」であったはずだ(『国立高等専門学校30年史』61頁。野村『学歴主義・・・』102頁でも引用)。このことは高専の歴史において高専生が最も不満をもってきたところではないだろうか(職務区別、給与区別ならまだしも)。上記の結果は、まさに、それに適合している。また、そうすると、高専生側にとって所得における重要な分岐点は、学士かどうかよりも大卒かどうか、ということにもなる。もちろん、別の可能性もある。著者も示唆するとおり高専専攻科卒の地元志向である。大都市に出るよりも比較的給与は低いが、開発設計職について中心的存在に近い立場になるという選択肢を敢えて選んでいるのかも知れない。但し、そのことは、地方大学工学部にも言える。特に地方国立大学を出て地元大手または大手の地元事業所に就けば、たとえ学部卒であっても技術者としてもそれなりの地位が得られる。あるいは中堅以下の大学工学部でも地場・地元工場からの引き手はある。むしろ、学部卒でそのまま地元に就職するメリットはこれらの点にある。そうすると、専攻科卒か大卒かの比較、大卒のどの階層と比較対照とされ得るかの問題はここでも発生することになるわけで、単純には行かない。

 高専が期待を込めて作ってきた専攻科もまた高専ならではの問題が生起するところに、問題の根深さを見る。高専制度が成立するときがそうであったように、高専専攻科もまた玉虫色の策であったのであるから(第10章5節)、当然と言えば当然の帰結かも知れない。高専関係者ー特に研究意欲が強い中堅若手教員ーの中には、専攻科は一流大学大学院へのバイパス(大学院に行く為の専攻科、大学院に行かなければ専攻科に行っても意味が無い)と割り切っている者も多いとも聞くが、それが私筆者の一つしかない見聞である。

5.第4章、第6章から第8章

 第8章は前章「『実践性』からみた高専教育」に重なる部分があるが、著者が異なる。その他の章は、第6章を除き(注)、教育調査としては有意味だとしても高専教育の本質との関係では特に知見は得られなかった。第4章は「女子」を扱っており、最近ホットなテーマであるが、ここでは論評しない。

6.終章 終章「学歴社会から学習暦社会への道―「高専モデル」の提唱」

(1)著者は、厚生労働省「賃金構造基本調査」が短大卒を含むものとして、必ずしも高専卒の実体を表していないことに懸念を示す。政府統計が大卒・院卒が高専・短大卒より30パーセントも給料が高いことを示していることに対しては、本書第三章の分析データも持ち出し、実際は、大卒は高専卒より8.8パーセント給与が高いだけ、修士院卒は、高専より24パーセント給与が高いだけ、なのだという。

 まず、前章「高専教育の実践性?」で引用した「『実践性』から見た高専教育」あるいは第二章における給与は何だったのだろうか。本書第三章のデータは統計解析によって得られたデータであるが、こちらの方が信頼できる数字だというわけである。しかし、まあ、これはよいだろう。別にデータを入れ替えたわけではない。問題にすべきはその評価である。大卒は高専卒より8.8パーセント給与が高い、修士院卒は高専より24パーセント給与が高い、というのはかなり大きな数字に見える。学歴取得に要する費用とその後の就業年数が給与差に見合ったものかという分析は、それこそ、この著者の得意分野のはずである(第9章6節)。せっかく、ここまで大々的な調査をしたのであるから、それを示してくれれば、わざわざ大学に行く必要はない、高専卒も学歴として武器になる、といえることになろう(もっとも、私筆者のたっての望みを聞いて頂き、仮に望ましい結果が出たにしても、筆者は高専の「教育内容」を皆様におすすめすることは出来ない)。

(2)次に、言う。本書第2章の論考を元に「所得だけでなく、学業成績や職業移動からみても『高専没落説』は必ずしも現実を表現していないことが明らかになった。これは大きな驚きであった」(220頁)という。

 何が驚きなのか。この章のデータには問題が多いことは既に指摘した。「呪縛」「没落」の捉え方についても既に批判した。しかし、ここで、話を引き伸ばすとするならば、次のように言うことが可能であろう。「初期高専」からすると確実に没落している。では、定常期に入った高専はというと没落も発展もせず、わずか同学年1%に満たない生徒を巻き込みつつ、社会の片隅にそういうものとして存在してきたに過ぎない。しかし、見えないところで没落は始まっている・・・。

(3)224頁以下「『いい学校を卒業して、いい会社に就職したい』という見えるところだけ見る学歴競走に拍車がかかる。教育内容を空疎にするこうした学歴競争は決して健全ではない」として、①職業資格制度導入と②仕事の経験を学歴に逆写像するという発想を提案する。

 ①はドイツ等との比較において、わが国の職業教育政策上かねてから問題とされてきたことだし、②自体は例えば論文博士制度などで一部取り入れられてはいるが、日本では、確かに希薄な意識である。確かに①②自体は理念的には正しい面もあるかもしれないが、しかし、そもそも著者が問題とする「いい学校を卒業して、・・・」というのは高専にも当てはまることを忘れてはならない。「高専卒という学歴を得たら大きな会社に行ける」というのは、高専の宣伝に使われてきたし、特に経済力の低い家庭の子弟を引き付けてきたのである。あたかも、第2章の著者が「高専卒の学歴は、大企業・技術職への就職しやすさを介して、一般に望ましいと認識されている職業キャリアへのアクセス・ルートを提供している」と結論付けたことは既に述べたが、このことはこの終章の著者によれば「教育内容を空疎にする」と形容されることになってしまうだろう。私筆者が第2章において批評した点は正にこのことなのである。

(4)さて、著者は、高専研究の旅は「生涯教育の発見」に辿りついたとしつつ(217頁)、「社会実験としての高専モデル」の節(226頁以下)で次のように述べる。

 

 「『高専モデル』を設計するのが有力な社会実験である。学習暦社会の新しい展開を設計する上で都合のいい社会資源を高専制度がすでに保有している。何より専攻科がある。・・・・しかも高専は全国に展開され、地元企業からの信頼も厚い。さらに、技術科学大学がある」。

 

 私筆者は、この章の標題を見て、夢も何もなく学歴だけを目的として大学工学部に入ってきた連中に対して、学歴ではなく「実力」で勝負してきた高専モデルを評価すべきである、はたまた、高専卒は学歴競争に巻き込まれず「技術」に若くから親しんできた、などという例の図式を持ち出すのではないかと気構え、それに対する反論を準備しながら読んでみた。ところが、それですらなかった。そこには、学習暦社会がなぜ高専という独自システムとつながるのか、その理由がまったく不明の一節があるに過ぎない。高校も全国にある。短大や大学も全国にある。大学院なぞも一県に理工系を含めていくつも研究科がある。学習暦社会の価値を認めるとしても、より普遍性のある高校モデル・大学モデル・専門学校モデルへにおいてこそ学習歴を積み重ねやすい。実態としても、日本人の圧倒的多数は高校モデルを経由している。むしろ、そのモデルを経由した者からは、5年一貫の高専モデルに対してこそ接近しにくい。まったく意味不明の論法である。

 学習暦社会と整合的な?高専制度を拡大発展させようとしているのかというと、そうではないらしい。それを示唆する文言は一切ないし、繰り返し「社会実験」と連呼していることから、著者は、高専制度に拡大こそ望めないが、この社会実験から大学等教育機関は学ぶべきであり、有意なサンプルも得られると考えているようなのである。あたかも筆者は「高専に限らず大学にも通用する構想」とことわっているし(227頁)、「あとがき」においても別の編者が「本書の高専モデルの提唱は、類似の高等教育機関の拡張を訴えるものではない」と言っている(230頁以下)。彼らも一流の学者である。彼らは、高専制度が"きわどい"バランスの上に"人知れず”成り立っていることに気づいているのである(一流の学者ではない私筆者は、矛盾と欺瞞の上に成り立っていると、理解したわけであるが・・・)。仮に「社会実験」の成果-その論理は意味不明であることは上述のとおりであるがーとやらを認めるとしよう。しかし、実験には「代償」も払われる。本書の冒頭で「社会実験」の語に引っかかりを覚えたことは既に述べた。むしろ、社会実験による代償の方こそ大きかったのではないかとの疑問が、本書の評論を含む私の一連の文章にあり続けたことを今更ながら確認している。

 

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 第六章 高専生の自負と無念さー卒業生の自由記述より

 

・世間での高専への高いイメージと高専卒の誇り

・実験・実習に裏づけられた実践的で幅の広い専門教育

・楽しく面白かった専門教育と理論・基礎への興味

              

・大卒より安価な労働力とブルーカラー化の進行とうい現実

・大卒と比べて基礎部分が不足し、深さを欠くとされる専門教育

・レベルは高いが専門科目や仕事とのつながりが見えない数学

・人文社会系に弱く、英語力は絶対的に不足

・ものづくりへの自負の一方で、アイデア・課題解決・本質把握は要改善

 

 前者が高専の美点・目標・アッピールポイントあるいは高専生の自負であり、後者がそれに対する論者や高専不適合者の批判と思われるかもしれない。

 同書による大々的なアンケート調査(その内容は同書の巻末を参照)には自由記述欄があった。実は、そこに「卒業生」が書き連ねたものの教育学者による章立てがこれだったのであるが、これらは高専に対するシンパシー(高専教育への満足度及び現在の仕事に対する満足度が高い層)が相対的に高い卒業生によるものであるというのである。ちなみに、高専に対するシンパシーが高く、しかも、おそらく高専優秀層である彼らと違い、私筆者は高専では優秀ではなかったし、高専に対するシンパシーなど欠片もない。またこの章の執筆者と違って、その声のも耳を傾けるべきであるとか(同220頁)、「高専という曖昧な峡狭間から独自性の発揮に向けて」などという章立てをすることは無意味だと思っている。

 私筆者がこれを取り上げて云々するのはフェアーではないかもしれない。そこで、あえて注書の形で触れた次第である。

 

 

 

 

 

 

 

 

追記② 高専教育の実践性?

 特集・大学教育の「実践性」『日本労働研究機構雑誌』No.687所収「『実践性』から見た高専教育」は、高専出身者に対するアンケート調査やウェブ調査に基づいて、高専卒の処遇を論じている(以下、「本稿」「著者」と略。また、以下で「アンケート原本」としてあるのは、この調査が「KOSEN 発“ イノベーティブ・ジャパン” プロジェクト」として行われたことから、このウェブサイトたるhttp://www.innovative-kosen.jp を参照した)。「1971年入学以降」定常状態に入った時期以降の高専卒業生を対象とする(49頁)、慎重な調査ではある。しかし、いくつか気になる点がある。

1.本稿Ⅲ 高専卒業生調査の概要 Ⅳ 高専に対する社会的評価の検証 について

 第一に、全体のデータについて。アンケートによる高専サンプルが2000か3000なのに対し、それよりも規模が大きく多様にわたる国公立大卒サンプルが、200から360程度しかもウェブモニタ調査によっていることである。あまりにも国公立大卒の調査が薄く、高専卒の方が目立つ結果が出てしまっている。

 第二に、「図1 高専入学者の中3 時成績の分布(1 年次入学者のみ)」(49頁)「上のほう」「やや上」という基準はあいまいすぎる。もっと正確な分布、たとえアンケートによるにしても、中学校で何パーセントに入っていたか、などは聞き出せたと思う。これに、これまで多く出されてきた高専側のデータを照らし合わせてみてもよかったのではないか。おそらく、心ある高専関係者の実感としては、(国立)大学工学部に相当する専門学力を目指してはいるが、例えば田舎の中学校で同学年300人中60番程度以下つまり「上の方」とも「やや上」とも取れるような学力の者が多くなり、とてもじゃないが、(国立)大学工学部の学力水準に達することが出来ないということなのである。つまり、上層の厚みがいかほどなのか、上層の厚みの推移の分析が足りていない。

 第三に、「図3 卒業年別 初職の職種(高専本科卒就職者のみ)」(50頁)における①研究・技術職(開発・設計)や② 技術職(開発・設計以外)のやはり中身なのである。①には開発部門や研究所勤務といっても、補助的役割や比較的単純な分析的業務を担わされる可能性も十分あるからである。また本社か事業所かによっても異なる。さらに、「設計」にも応用的・大規模なものと初等的なものがあるはずである。②については、アンケート原本に「品質管理」「生産管理」などの項目があり細分化されているようであるが、管理的・解析的・技術開発的な業務(に最終的に職位が上昇していけるか)かどうかの区分も可能なはずである。ただ、これらについても細分化された選択肢アンケートで聞き出すことは難しいのかもしれない。選択肢として、a.研究開発部門の補助的業務、b.初等的な設計業務かどうかなどは、自校出身者が正確に回答したないか、そもそも業務として明確には区分できない分野もあるからである。しかし、項目立てが大雑把で結果に大きな影響を与えてしまう危険性が大きいことは否めない。

 同様のことは、初職の企業規模(図5・51頁など)にも言えるか知れない。ただ、これについては、日本企業の強いグループ性と帰属意識、近時の再編や採用方法の多様化・流動性を併せると、事業所・現地・工場採用かどうかまで分類するのは難しかったのかもしれない。これはやむをえない。

 第四に、「表2 学歴別年齢階級別現在の収入」(52頁)は、やはり、このアンケート調査の信憑性を疑わせるものである。高専本科卒は、(1)初職の企業規模(51頁図5)、初職の職種(51頁図6)が国公立大学に近いとされているかむしろ国公立大卒よりも開発設計以外の技術職への配置が10ポイントも多いとされているにもかかわらず(なお、高専卒のほうが国公立大卒よりも1000人以上の規模の企業への就職率が3ポイントほど高い)、(2)給与が、国公立大学より、①25歳から30歳まで64万円、②31歳から41歳までで28万円、③42歳から52歳までで40万円も高いのである。ところが、53歳から59歳まででは、国公立大卒が11万円高くなる。しかも、国公立大卒にはサンプルデータが少ない関係上「院卒」も含めて計算しているにもかかわらずである。これは明らかにおかしいか、新発見である。無論、著者は、高専卒のデータが高い方に若干偏っているのではないかという点を割り引いて,高専卒の収入は国公立大卒にほぼ匹敵し、さらには、大企業・技術職への就職のしやすさを介して,一般的には良好な職業キャリアを約束してくれルートを提供していることを調査結果は示していると結んでおり(52頁)、慎重な姿勢を示してはいる。もちろん、学部卒サンプル数の問題も含めて、しかるべき手法によって統計処理をすれば、矛盾のない結果が出ることぐらいは、著者こそ専門家として十二分に理解してはいるだろう。しかし、このアンケートに答えた者が、たまたま高専本科卒の上層なのではないか、かなり多めの額を回答しているのではないか、ということは十分に疑ってよい。そして、この素のデータを堂々とさほど批判的に見ずに掲げてよいものかに疑問を持つ。

 第五に、部課長昇進機会についてのデータは省略してあるが、この点は、本社・支社・出張所・事業所・工場における管理職かどうかの区別が行われていたか、という疑問が残る。一応、アンケート原本には、「一般社員・職員」 「 係長・主任クラス」 「 課長クラス」 「 部長クラス」という項目が見えるものの、人によっては、企業における人事実務を知るが故に、事業所の課長が自分を本社主任と理解して回答する場合と、単に役職名で回答する場合に分かれてしまう危険性が十分ある。企業規模と年齢については卒業年度と初職・現在の所属企業規模の結果が得られているから、ある程度分析可能だろうが、しかし、同じ1000人以上の大手でも巨大企業では「部長」のもつ意味合いは異なるだろう。「昇進可能性」は高専卒の処遇の重要問題のはずなのに、その姿が見えない。上記第三で指摘した項目立ての問題よりも重大で、項目立てをしなかったこと自体が重大と考える。もちろん、大学学部卒との相対的評価を行うとしたら、多少問題は薄まるだろう。

 前章まで高専制度そのものや高専制度をめぐる安易な言説を厳しく批判したのとは異なり、私筆者は本稿を厳しく批判しようとは思わない。そもそも「アンケート原本」は高専教員によって独自に作成されたに過ぎず、著者の研究手法に適合する形で、著者の精査を得て作成されたかも疑わしい。社会学や経済学の手法特に実地調査について私筆者は門外漢である。実地の手法に門外漢だから許される、素朴な疑問(あるいは、門外漢だからこそ許されない非科学的な言い掛かり)なのかも知れない。ただ、この本稿が次のような指摘をしていることは重要である。

国公立大学では学部卒業後4 割以上が大学院に進学したのに対して,高専から大学・高専専攻科を経て大学院に進学した者の比率は14%にとどまる」「技術者養成において大学院教育の比重が大きくなるにつれて学士の価値が低下しているとするならば,たとえ高専卒が「学士並み」の社会的評価を得ているとしても,必然的に高専卒もその傾向に巻き込まれてしまうことである。高専卒の評価が低下しているとする言説の背景には,拡大した大学院修了者のキャリアを暗黙裡に比較対照群として想定していることがあると考えられる」(52・53頁)。

 一流大学工学部卒の軽く8割以上、平均的な国公立大学工学部卒の6割以上は大学院へ進学することは今更指摘するまでもない(一般に、威信の高い、伝統のある大学ほど大学院進学率が高い。国公立大学工学部で3割を切る大学はほとんどあるまい)。一方、私立大学のデータも示されているが、確かに地方の中堅私大で就職実績が高いところでも、あるいはそうであるからこそ、大学院進学率はかなり低い(地方・非首都圏の中堅私立大学工学部で15%から20%と思われる)。それより下層の私立理工系では、大学院進学が10%を切るケースもあるだろう。しかし、そうすると、高専の大学院進学率14%(高専からの大学・専攻科進学率が低い若しく無い時期も相当長く、現在は4割で高止まりしていることから考えると、現在では高専卒業生全体の2~3割は大学院に進学していると思われる。この率は専攻科卒の大学院進学率3割と一致する)というのは、国公立大卒はもちろんのこと4割とも言われる理工系大卒全体の平均よりも低いのであり、大学工学部卒の中でも「平均以下」の学士卒側に「巻き込み」が発生しているのではあるまいか。 

2.本稿Ⅴ 高専教育時の実践性について

 表4「役立ち度」の平均点(53頁)では、アンケート調査によって、「実践的」=「役立ち度」を10点満点で点数化した結果が示されている。結論は、「卒業研究,英語の学習,人文社会系の一般教育科目を除いた多くの項目で高専卒の方が大学卒よりも1 ポイント以上高くなっている。「役に立つ」=「実践的」と捉えるならば,高専教育の方がやはり「実践的」であると受け止められていることになる」というものである。

 第一。はっきり言ってしまえば、「役立つ」「実践的」教育をしてきたと称する高専教育がその役立ち度・実践性について、大学学部卒より、10点満点で1ポイント程度しか違わないというのはどういうことか。高専生は「役立つ」「実践的」という価値の中で教育を受けている。教える側も「役立ち」そうなことを教えようとするだろう。そうすると、企業などに入って、本当に学んだことが役立っているかどうかについては敏感なはずである。そういう意味では、このアンケートには信憑性があるかもしれない。しかし、必ずしもスローガンとしての「役立ち」を強調しない大学工学部の学部卒が、高専より1ポイント低いだけとなっている。高専教育は、そのスローガンを強調して懸命?になっているわりには明確な特性・成果が現れていない。

 第二。表を見ると、最もポイントが開いているのが「部・サークル活動」である(高専が2.1ポイント高い)。専門的な学習よりも「部・サークル活動」が役立っているというわけである。最もポイントが開いていないのが「課題研究・卒業研究」である(高専が0.36ポイント高いだけである)。また、著者も指摘するように、国公立大学に限定すれば、卒業研究の役立ち度は高専卒より少し高くなっている(54頁)。

 第三。次は価値的な評価である。

 ①役立つことしか教えなければ、役立つと考えるのは当たり前である。しかも、高専生の場合は、その「役立つ」を「すぐに」「直接的に」の意味で捉えている可能性も十分ある。②卒業研究を除き、講義・実習等が主観的に「役立つ」と感じているということは、普通に考えて、基礎原理からの応用的能力があまり期待されない業務についている可能性はあるまいか。既に引用した「すぐに役立つことはすぐに役立たななくなる」 とは、小泉信三の言葉でもある。「実学」こそ重要といったのは福沢諭吉である。「役立つ」なり「実学」なりが、本来どのように理解されるものなのか、理工学に引き寄せたらどのように理解されるものなのか、著者は、それらの言葉を私筆者などよりはるかに正確に理解しているはずである。

 

 

 

 

 

 

  

追記①-専門職大学法案成立に思う、外国記事に思うー

 専門職大学法案が成立した。これに関連して、思うところを述べていきたい。ついでに、ある外国新聞記事にも言及しておきたい。

1.高専との整合性はついに論じられなかった

 筆者は、高専専門職大学制度に合流すればいいのではないかと述べた。その中で名を取り実も取るー皮肉にも内容が空っぽの新制度なのであるから、大いなる反省と蓄積ノウハウを活かして実質化出来るーというふうにすればよいと考えた。しかし、これには重要な前提が一つある。高専が非大学型高等教育として、どのような矛盾を帯び、しかしその中で良くも悪くもどのような役割を担ってきたか、を徹底して総括(あまり好きな言葉ではないが、こうとしか言いようがない)した上で、新しい制度につなげるべきである。たとえ、新しい大学制度のみをつくるにしても、高専制度との整合性は議論されるべきであったが、「高専は中学卒業後5年」の教育課程に特徴があるから、大量の高卒者の入学は予定できないとだけ述べられただけだった(もう一つの重要条件は、既存の大学の半分を一般大学制度から引き離し、専門職大学へ転換させることである。専門職大学制度が作られてしまう以上そうすべきである)。

 高専制度への反省や高専制度との整合性は何ら議論されないまま、この度、新しい大学制度“のみ”が出来上がった。そして、そのこと自体も大きな矛盾を引き起こす。専門職大学制度は、「職業」「実践的」という高専の法律上の目的規定と事実上の教育目標と同様の学校制度である。ところが、専門職大学も一応大学であるから、高専制度にはない言葉である「研究」「応用的な能力」が入っている。

(1)この専門職大学には、一部大学からの移行も考えられるが、専修学校からの転換が考えられる。専修学校が要件を満たして突如として「研究」「応用」のある「大学」になるのである。しかも、学位授与権もあるという。高専制度を徹底批判し、ある意味では無くしてしまえとさえ思っている筆者であるが、これでは余りに高専に酷である(但し、高専制度を慮って言ってるのではないことは念を押しておく)。高専はこれまで、矛盾を帯びながらも、一般科目を大幅に削るなどしながらも自分たちを大学工学部相当の教育を行うと称し、二極化・二山化の傾向があるとはいえ比較的成績がよい者も多く中には抜群の頭脳を持つ者もいる。教員についても、当初は名門大学や実力を蓄えた旧制工専出の企業出身者-かつては、彼らを中心に高専でも専門学科の教員の4割以上に実務経験があったはずであるーや大学教育経験者を採用し(但し、その後の教員集団の劣化現象について前章を参照)、専攻科設置が決まってからは、学位取得者を採用しなければならなくなった。目的規定に「研究」「応用」がない高専に事実上研究義務を課し、かつ、応用的な能力を持った教員や技術職を輩出しながら制度的にはそのまま、一方、専修学校が格上の学校になるのである。おそらく、既存の大学は専門職大学への転換を渋るだろうから、その過程で専修学校からの昇格が甘くなり、専修学校上がりの専門職大学は増えるだろう。大学工学部の大量増設、短期大学への学位授与権付与、大学増設と大学進学率の増大、と次々と高専の存在へ対抗する事象が生じてきたが、またしても、危機がやってきた。今度は高専と同様の教育目標を持った学校制度が出来るのである。

(2)高専関係者は、専門職大学制度に対して、具体的な対応や方策を掲げたのであろうか。今のところ確認していない。転換せよとまでは思わなかったかもしれないが(後述するように、5年一貫楔形にこだわる限り合流・転換は出来ない)、せめて、高専制度と間で「ねじれ」を生じることを声を大きくして主張すべきではなかったか。こういうときに、国立大学工学部定年退職出身校長が少しは役立つというものだが・・・。いくらかのコメントを発したのは一部の労働組合系の団体だけであった。

 高専は一応、社会にであるための学校である。目的規定がそうだし、実際、6割は就職する。このことを忘れ、国立大学工学部「編入」に活路を見出し対岸の火事のように思っていまいか。まず、その編入学自体が制度との矛盾を帯びている。次に、最近は編入学自体が定員面と試験内容面でやや甘くなっており、かつ、高専生の学力低下もあいまって、大学工学部での高専出身者への評価が変わってきていることも考慮しなければならない。また、早期のエリート理工系または技術教育機関に成りあがろうとしても無駄である。法律の規定や社会と教育行政上の要請がそうなってはいないし、そうなっていない機関に優秀な生徒は来ないし、来てはならない。そもそもそのような教育編成は既に本論で述べたように重大な問題を引き起こす。逆に多くの人たちはこのような教育課程に学ばなくてもしかるべき工学者や技術者に大成している。このような目論見は、高専制度初期に中堅技術者養成機関であるはずの教育機関に極めて優秀な者たちを誘ったことや、大学教育には及ばない教育課程なのに大学工学部なみの教育と卒後の待遇を宣伝し続けた矛盾と欺瞞の同一線上にある。

(3)一般大学、そして、専門職業大学が出来ると、高専は正真正銘、第三群以下の高等教育制度になる。(1)でも述べたとおり、法律上、高専は「研究」「応用」さらには「知的」であることを期待されていない。専門職業大学へは職業高校からの進学も考えられるから、高専出身者はその法律上の目的どおり5年制の工業高校出身者になる方向へ押しやられるのではないか、既に、そうなってはいまいか。

 以上思い当たることを述べてきたが、高専側にも非がある。結局、いまだに「中学卒業後5年一貫楔形」思考で自分たちや制度を縛っているため柔軟な制度的対応ができない。また、マスコミや国際機関に対して、中学生に対して行ったの同様のアッピールをし、その無批判なリアクションを、さらに高専の正当化根拠に使う。それどころか、新しい大学制度の議論に食い込むことさえせず、黙殺したのである。せめて高専なら高専で懐疑の精神を示すべきであった。この「中卒後5年一貫楔形」のお題目をどれだけの高専関係者が信じているかはわからない。しかし、当局は、このような考えを持った関係者がいること幸い、高専制度についての実質的な議論や昇格・制度的転換意欲を冷却化する、したがって、下級技術者需要を満たすことが出来ると考えているのではあるまいか。筆者にとって、専門職業大学設立は、今更ながらに高専制度を考えてみようと思う契機となった。この制度が出来ることを知る時、高専制度にいくらかの考察を加えようとする者は、この専門職業大学を完全肯定するか、完全否定するからいずれかの道に分かれるであろう。

 筆者は陰謀史観を取らないから、それもまたよしである。一種の政策である。しかし、高専制度に、もはや優秀者を誘うことは出来ない・・・それを許してはならない。そのような制度なのである。それが皮肉にも外部的要因によって確定したのだ。そのまま残したければ残すがよい。高専が永遠の矛盾と苦しみに巻き込まれていくことも、その犠牲者にとっては、愉快なことなかもしれないし、わずか1パーセントにも満たない者の間でだけ繰り広げられるというのであれば、それも許されるというのであろう。

.ある外国新聞記事に思う

 近頃、高専関係者が、高専ワシントンポスト記事で「評価」されていることを宣伝に使っているのを見るようになった。

 しつこく繰り返すが、高専の就職がよいのは、高専制度がすばらしいからではない。同じ教育成果は、同じ学力水準で、高校3年+2~3年の専門教育で十分得られる。例えば、ドイツの複線型の教育制度は、この論で言及するまでもなく、有名である。しかし、そのドイツに、若者の雇用問題が生じなかったかといえば、そうではなく、ヨーロッパでも有名な高失業率を誇っていた。制度がそのまま結果に直結すると見るのは早計である。教育内容的にも、専門教育を早めに取り入れることのメリットは同時にデメリットも生んでいることを高専関係者も知っているはずである。理論的によくわからいまま実験をしたり、数学や物理学の理解の必要な分野もあるのに、専門科目の方が先行してしてしまい、非効率的になる、理解が浅くなるなど。英語が疎かになって最低限の英語文献さえ読めない。 

 このような教育が曲がりなりにも一見うまくいっているように見えるのは、高専入学者の学力水準が比較的高くしかるべき大学工学部に入学できる層を含んでいるからであり、かつ、企業側がそのような水準でもとにかく実技が出来れば構わないと考え、そのような職種が現に「一定枠」あるからである。高専出身者がオールマイティに有能というなら、同時に大量の院卒や有名大学出身者を採用するわけがない。

 ワシントンポスト記事は中々興味深い。もちろん、産業と職業に直結した高専教育を評価したものではある。高専が行ってきた宣伝を額面通り受け取った部分も多いが、しかし、ここでもいくつかの二面性を指摘することができるがゆえに興味深いのである。目につくところにコメントしたい。

 まず、同紙は、高専の就職がよいことを指摘するが、しかし、高専出身者はワーキングクラスの家庭出身者が多いことを指摘している。つまり、この記事は、暗に、高専(KOSEN)をワーキングクラスを主に対象とした教育機関とみなしているわけである。エスタブリッシュメントやエリートと異なり就職に困るかも知れないワーキングクラスを場違いなUniversityではなくKOSENに誘えば就職問題が解決するとでもいうのであろうか。もっとも、この点は、従来から高専関係者が暗に認め続けてきたことではある。また、求人倍率云々については、大学工学部からの就職経路と、高専(あるいは、工業高校もそうだが)からの就職経路が異なっているという背景などは理解されていないだろう。そもそもアメリカでは一斉卒業、一斉入社の慣行がない。おそらく、この記事を書いた連中は、裏日本にある(かつては)博士号も出せなかった小さな国立大学工学部卒がトヨタ自動車ソニーにエンジニアで就職していると聞いたら、日本には既に戦前に旧制工業専門学校を有していたことに大いに驚くであろう。戦前から戦後、彼らあるいは彼らの先祖が見て驚いた日本の工業力は旧制大学旧制専門学校出身者によってこそ成し遂げられたのである。

 次に、抽象的なことではなく、「手を動かす」技量を軽視せず「実践的」トレーニングを得たものが中流の賃金を得られることこそ重要と指摘する。このような視点に対して、筆者は第10章で問うた。日本の工学系学生(特に地方国立大学工学部や伝統中堅私大工学部、そして、新興私学の工学部)が一切手を動かさずに、実践的なことは何もせず、技術者になろうとしているのであろうか。彼らはどこにも就職がないのであろうか。一体、一部の理学的な研究を除き、手を動かさずに出来る技術者の仕事があるとでもいうのか。日本の大卒技師の給料がやっと中流程度かそれよりやや上程度に過ぎないことを知っているのか。逆に、アメリカのA&M大学は、まさに、実践的高等教育のモデルではないか。プラグマティズムアメリカの教育に大きな影響を与え続けてきたではないか。アメリカでは実践力のない技術者は即座に解雇されるのではないか。つまり逆に言うと、この記事は、先の高専生を階層的に見るのと同じ視点で、その仕事内容をあまり理論的な視点や応用的能力を期待されない、中流の賃金を得る?ロウワーミドル的な仕事水準に位置づけているように思えるのである。つまり、下級技術者である。そして、中堅・下級技術者はさほどポストが多くあるわけではない。本記事でも指摘される大学大衆化や日本の下層の大学が気取って安易なアカデミズムを標榜することのバカバカしさは筆者も認める。しかし、高専を増設しても、同記事が指摘するSkill Gapが技術系で解消するわけではない。Skill Gapは文系大学はともかく、既存の大学工学部の教育で解消できる。逆にその下級技術者枠でならemployabilityを発揮できるというわけである。日本の大学工学者・大卒技術者がこの記事の段落を読んでも、同じ指摘をすると確信する。また、同記事は、高専を(高専教員のはかない思いとは裏腹に)科学技術政策的にではなく、ほとんど労働政策的・職業教育論的にしか見ていないようであるー法的には正しいのであるがー。

 一方で、優れた実績を残す高専生や才能豊かな高専生が存在することは指摘されている。これもまた、上記の記述とは矛盾しない。概して、階層的に扱われる高専生だが、一部に優れた者がおり、これは常に高専側に宣伝材料に使われてきた。

 すべての道が、学位や大学につながる必要はない。ーこれも日本では、外部の識者が強調してきた。繰り返すまでもない。そうではなく、高専関係者は高専は大学相当なのだ、大学にも行けるのだと言って優秀な生徒を集めてきたのである。そして、結果的に下級技術者枠を埋めていく。すべての道が、大学につながる必要がないというなら、同じ、単線型教育制度の参照例としては、専修学校がよろしいし、アメリカならコミュニティカレッジという基盤がある。

 高校と比べた場合の教養教育問題もちゃんと言及されている。ところが、これに対する高専関係者の回答は「高専生にとって、多すぎる教養教育は時間の浪費、才能の浪費である」というのだ。「高専生にとっては」という限定は差別的ですらある。高専でいつ教養教育が「多すぎる」ことが問題になったというのか。しかも「浪費」などといとも簡単にぶった切ってしまう威勢のよさ。外国人記者が外国制度の本質を捉えることは誠に難しい。しかし、日本人が外国人に向かって 「本音」を言ってしまうという面白い例である。今後は、国内でも、そういう学校であることを正々堂々嘘偽りなく示していけばよかろう。

「親たちは、子どもが高専を卒業すれば、いい仕事がまっていることを知っている」ので生徒募集には困らないという。「いい仕事」とは何か。なぜ突如「親」が出てくるのか。そこには、エンジニアたろう者の矜持も何もない。いい仕事がまっていることを知っていて、2割もの生徒が退学drop outするのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

終章

 私は従順であった。高専は高校と大学と合わせた内容であり、高校と大学のカリキュラム上の重複をなくせば、一般科目も専門科目も大学にも劣らないという。私は、1年経過した頃から、どうもそうではないと感づき始めたが、そうであるなら、自分で補おうと思った。国語については文語文法解説書と文語単語集及び漢文の句形暗記の問題集を揃え(ほぼ全員の高専出身者は古文・漢文が相応に読めるようになった経験を有しない)、数学については授業に沿いながらチャート式や矢野健太郎等の解説型問題集をやった。英語については伊藤和夫「基本英文700選」「英文解釈教室」と単語集を繰り返し(数学と英語については既に述べた。敢えて言うならば、高専生でTOEICのスコアが形式的には高い者でも、難関大学理工系を目指す高校生なら読みこなせる科学論などの抽象度の高い英文は読めないし、英作文も出来ないと思う)、物理については大学理系を目指す者が使用する参考書、例えば渡辺久夫「親切な物理」や竹内均「基礎からよくわかる物理」等をやった(当時の私には、高専の「一般物理」より、この受験参考書の方が記述に深みがあるように思えた。応用物理や理工系専門科目にもよくくっつく)。日本史の授業と称しているが、ご丁寧に旧石器時代からはじめて平安時代で終わるような授業のために老舗出版社の教科書や新書を読み込んだ。生物や当時の理科Ⅰの授業はなかったのでブルーバックスと呼ばれるシリーズを読んだ(高校生であってもそこまではやらないか?ただ、歴史の教員はいるのに、生物工学系を除いて高専には生物の専任教員は殆どいないことは意外と知られていない。高校の教員免許区分では同じであるのに、地理分野の専任教員がいたら歴史を教える専任教員がいないという例も多い)。この程度のことは何の自慢にもならないし、お勉強しましたと言いたいわけでもない、ましてや、身につけましたなどというつもりは毛頭ない。以上の教科書や参考書をあえて挙げたのは、高校と大学工学部を合わせた以上?の学力水準を喧伝する高専生の一般的学力とやらが、いかにしかるべき水準の高校生の学力内容とかけ離れているかを示したかったからである。確かに、筆者の実感でも首都圏、関西圏、中京圏、北陸などの主要都市出身の高校出身者の多くは以上の参考書または同類の参考書をやりこんでいた(九州の地方都市出身者だけは違うようだった)。高専側から見たら、むしろ、笑わば笑えのバカバカしさである。しかし、筆者は、高専は高校プラス大学の内容で、仮に足らない部分があっても、高校生にも大学生にも負けない知識を「学生」として「自主学習」する必要がありますという学校側の言葉さえも信じたのであった。そして、実際に自主学習とやらを続けていくと、あまりにも普通の高校生ましてや大学受験生がやっている内容・程度に足りていないことがわかり、怒りが沸いてきた。一般に高専教員の方が名門大学出身者・学位取得者が多いにも関わらず学校カリキュラム思想がそうなっているから、内容・程度が落ちてしまうのである。補うのではない、足りていないことがありありと分かるという結果をもたらしたのである。やるほうが、アホウだったのかも知れない。そして、自主学習しなさいと言っている側も、まさか、多くの生徒が本当に自主学習すると思っていたのであろうか。

(大学受験について一言付け加える。高専からの大学一般入試受験は科目面・時間数・教授内容面でかなりの程度不利だが、逆の効用もあった。地方で、進学校などとおだてられている公立高校の高校教員が行う非合理的・ゴリ押し勉強を回避して、以上のように自分に合った参考書を工夫してこなして行けるという効用もあったのである。逆に、3章で言及したような進学校にいたということだけが自慢の元高校教員の下手な指導などを受けなくて済んだわけである。ただ、国語だけは、教室で古文漢文の読解をしてもらえれれば・・・とは思った。)

 こんな有様だから、いわゆる大学受験に走ったのも無理はない。大学に入って4年間を過ごしたが、その中で、一般教養課程を受けたり、1年生の工学部や理学部入学者が意外に広い視野と専門分野に対する深い関心を持っているのに気付いて、高専とはいったい何だったのか、改めて考えさせられた。

 筆者は、高専から目をそむけ続けていた。しかし、本文で触れた、高専増設論などの無批判な高専礼賛論が再び起き始めていること、さらには、何事もなかったように、つまり高専制度への何の総括もないまま専門職業大学制度ができることが決まったこと、そして、野村正實『学歴主義と労働社会』が出版されたに及び、もう一度、高専とは一体何だったのか整理しておきたくなったのだ。以上で述べた高専教育への疑問と筆者のごとき者の自主学習とやらは、どうでもいいことだとしても、同書やHPで触れられている、

 ・高専生の進学動機ー家庭の経済状況・学歴主義を「内面化」していない(同書20

  頁。後述)

 ・教育内容-教養教育の軽視ー

 ・卒業後の処遇ー資質優れながら高専の言説を信じ高専卒で終わった者の企業内にお

  ける処遇などー

 などについては、中期以降の高専生についても思い当たる実例がいくつもある。大ありである。ちなみに、筆者のいた東日本地区の高専の学科は、新設学科ということもあって、当時の入試倍率が平均的な高専の学科の倍率の倍の倍率であった。たまたまその年に高専を含む高校入学者に県下一斉テストを課されたことがあったが、そのテストのクラス平均点が県下で5番以内に入っていたと聞いた。つまり、県下1番の公立進学校に匹敵する学力であった。その学科においてさえ3年生までに2割が退学していった。大学受験のために退学するものも若干いたが、多くは不遇のまま退学していった。退学した者の中には、ただただ高専の教育に幻滅して去って行った者がいた。抜群の頭脳であった(従ってというべきか、もちろん、私のことではない)。抜群の頭脳ゆえに、学校と遠く離れた彼の故郷では、彼の真意と裏腹に、高専の教育は「厳しい」がために彼ほどの者も退学を余儀なくされたと誤解されていたらしいというのが何とも皮肉である。はるかに学力が低く5年間アルバイトに明け暮れ、おそらくその学力は工業高校卒業生に及んでいない者が卒業していったというのに・・・。高専及び高専生に対する誤解はこういうところにもある。何も知らないくせに、勝手に高専を礼賛する者を断じて許せない。教育制度を云々する資格もない。

 退学問題は、高専関係者には珍しくもなんともないことだし、何のネタにもならない。高専側の論理によると、退学者は受験勉強の弊害で高専における自主的な学習態度を身に着けられなかったということになろう。もちろん、そういう面は決して否定できないし、確かに退学していった者の中にはそれがあてはまる者がいた。しかし、いくら何でも多すぎないか、と思うのである。一定水準の大学工学部入学者の2割が専門分野不適合で退学するのであろうか。つまり、どこか、高専制度に内在するものが原因となっていないか?ということなのである。

 高専については、記憶の断片からも消し去りたいと思っている。 

 筆者は、高専礼賛論に批判をぶつけた。良いところとされている点が、逆に致命的な欠点になっている、あるいは、いろいろ宣伝される高専の教育は、高専発祥の独自のものではなく他の教育機関でやってきたことである、という理解である。しかし、高専に対しては同情すべき点もあると考えている。本来は少なくとも大卒に準じるはずだったのに、その後、国がどんどん大学を増設し続け大学進学率が50%を超えるにいたった。その大学の中には、「理工」系大学ならともかく、技能職的な人員養成のための教育機関をして「大学」と称し大学院課程まで持っているというものさえある。また、いわゆる専科大学構想に対する短期大学側の反応も、高専問題を今日に至るまで残してしまった意外な原因となっている。その短期大学も時期が来たら、いつのまにか学位授与権を取得したり、大学に昇格したりした。散々、高専生の気質や学力の質を問題にしてきたが、短期大学の生徒の学力などは、一時期を除き、問題とするにも及ばないほど低いし、問題として成立しないから論じるに値しない、ことは指摘しておかねばなるまい。

 高専の地位は相対的に落ちて行った。マイナーになっていった。それ自体はやむを得ない。しかし、国や学校は、高専をして独自の存在である、時にはエリートであるなどと持ち上げてきたが、これはすべてウソなのである。やはり、エラい人は、高専を下級技術者需要を埋める都合のよい存在と考えているのではないか。あるいは複線型教育の実験場にしているのではないか。大学生が増えて就職難になったら、やっぱり高専だと言い始める変わり身の早さ・・・愚かとしか言いようがない。進学高専などというのは、あるいは、これらの仕打ち対する無言の批判であると考えたら、少しは、理解出来る。また、もしかしたら、世の多くの人は、専門職業大学を18歳から始まる高専ぐらいに考えていて、専門職業大学高専は、結局、一般人には一緒にされており、どうでもいいことなかもしれない。高専への認識はその程度のものなのだ。

 教員には親切な人が多かったし、劣悪そのものの環境の中で研究に勤しんでいた人も多くいた。ここまでこき下ろしておいて言うのも憚るが、教員個々人には尊敬できる人、感謝の念をもって思い出せる人が何人かいた。

 教員が、この学校を選んだ者のために最善を尽くし、こんないい学生がいると宣伝するのは人間として当たり前の行為であるが、筆者の数々の高専批判がこれに水を差しているのは間違いないだろうし、あえて言うなら、水を差すのが目的である。ただ、彼ら教員の名誉のために言っておくと、確かに設立後10年経過したぐらいから、専攻科設置の話題が上がるまでの間は、高等教育機関で教授研究するのに疑問符のつく人たちが増えてきた時期があったのは否定できないが、平均すれば、高専の教員になるのは、能力面で考えて例えば短期大学などよりも狭き門である。短期大学の方がはるかに広き門である。そもそも生き馬の目を抜く理系分野における研究者と多くの短大教員を比較するのも失礼な話である。鷲田小彌太『大学教授になる方法』は高専教員の多くが学位取得者となる以前の昔、T高専の一般科目担当教員は大学院修了者と東大出・東京教育大出であるなどの事例を挙げながら、「短大は広き門」「高専は広き門にあらず」と明言している。それでも高専の教員が本来の能力よりも能力を伸ばせなかったのは、彼らが生徒同様に狭い世界に閉じ込められたことも一つの原因である(但し、初期生は時代背景があるから別として、特に、中期以降の高専生え抜き・技科大出身教員は外の世界を知らないまま、下手をすると、幼稚なまま知的な向上のないまま専門家などと称している者も多い。ちょっと成績がよくて人柄に難がないというだけで、自校に戻してもらったのではないかという例はいくつも見た。もっとも大学でも教授お気に入りで助手・助教採用という例もあるにはあった。ただし、高専の場合、15歳から特殊なそこしか知らず外部転出もほとんどないという意味でより深刻である。筆者は、逆に”生え抜き”にこそ疑問を持っている)。また、例えば実務家教員に形式的に学位を要求するのは間違っているだろう。さらに、高専には若年層が在学しているため厚生指導・生活指導も必要であったことも忘れてはならない。彼らの研究者・企業人・教育者として仕事は個別に救い出して評価すべきである。ここで、言及しておきたい。何故、高専の教員に能力的に疑問符がつく人たちが増えた時期があったかのかというと、筆者の観察では、高専設立から数年、助手や講師に、あまり研究能力を見ずに当地の大学の学部卒や自校卒業生、少しばかり実務経験があるというだけの者を多く採用し、しかもこれに研究能力を磨く機会をあまり与えず、そのまま居ついてしまったことが挙げられると思う。また、設立当初からすると生徒の学力水準や気質がどんどん落ちていくのだから、やる気がなくなっていったということも挙げられる。もちろん、彼らが最初から無能だったという気はない。

  企業側から見て高専生は「素直」「純朴」であるという評価がなされることがある。筆者の印象では、そういう生徒の比率は3割に満たない。高専生は「専門科目に優れる」という評価がなされることがあるが、その生徒の比率は2割未満で、「素直」「純朴」な生徒に重なる。本当に優秀なのは10パーセント未満である。この人たちの学力をどの辺に模すことが出来るかというと、概ね、進学高校理数系から国立大学工学部や名門私学理工系に一般入試で入り、企業等に技術職・研究職で就職でき、かつ意欲をもって活躍できる学力水準ということになろう。繰り返すが、やっぱり進学校基準ではないかという批判は当たらない。彼らは確かに、高専生が思っている以上に一般的な学力が高く専門科目でもよく伸びる。もっとも既に述べたように英数については学力の質が全く異なる。あくまで「水準」の話である。少なくとも、ある元高専生の言を借りれば「勝手に数学が出来ると思い込んでいる」人たちはこの優秀層に入れられない。このせいぜい多くても2割程度の割合の生徒の存在がーその多くは家庭の経済力が低いー企業側の肯定的な評価につながっている。入学当初はこれらの割合はもう少し多かったはずなのだが、結果的にその程度の割合に落ち着くのも、また、高専教育の特質である。教員側もこの少ない割合の生徒のために、彼らは大学に行かないけど専門科目をしっかり学ばせたい等と思って頑張るが、そこには、かなり“憐憫”の情が混じっている。こうした家庭の経済力が低い層を救い出すには、奨学金・なかんづく給付型奨学金を充実させれば済むことである。野村氏もそう考えている。私筆者も決して豊かとは言えない家庭の出身である。学歴主義が成立したとされる1960年代半ば以降、だいぶ経過した時代に、私は学歴主義を「内面化」出来ていなかった。たしかに、親から「通俗道徳」を教え込まれていた。

 既に述べた通り1期から7期8期あたりまでの集団としての高専生の優秀ぶりは直の話を聞いたことある。あるいは、時代をやや下れば、技科大設置前頃までの年代にも奇才・超秀才が入学してきたが、7期8期までよりはかなり母数が劣るようになったという述懐も聞いたことがある。そして、1期から3期あたりになると、もはや"別格"である。このすこぶる優秀層は専門科目に秀でていたが、ある程度の知性も持ち合わせていたように思う。教員の述懐や、学校史等から、概ね、そのように見てよいと思う。もちろん、高校生や大学生そのものの気質の変化も考慮に入れるべきだが、高専の場合、その変化がいかにも急激だと思うのである。このことは、特に地方、今のギリギリ50代半ば以上の年代までは、職業高校を選択した優秀層も多くいたが、その後、この割合が急激に減少したことと一致している。大学に行く場合でも、一般入試で突破した者が多かった。5期あたりからわずかに編入試験が認められるようになっても、当時は一般的ではなく極めて限られた大学で限られた人数しか合格せず、内容的にも非常に難関の試験であった。そのため、やはり、一般入試を受けることが多かった。皮肉にも、彼らが大学入試をすればしかるべき結果を残せることも、当時の高専生の学力水準の高さを証明していることなる。この初期高専生の存在は高専関係者にとっては”憧憬”となっているが、逆に、時代が生み出した限定的な現象であったことを忘れてはならない。繰り返し言及する野村・前掲書における個人的体験の述懐の主意の一つはこの”時代性”にあると思う。

 ところで、筆者は引用した書物の関係もあって「下級」技術者の表現を無批判に使った。技術に上級も下級もないという者もあるだろう。では、中堅の「中」は何だったのか。中はよくて、上下はダメなのであろうか。「中」は「真ん中」のことだというかもしれないが、真ん中があれば「周辺」「亜流」があるのだから同じことである。ご自分たちは専門学校よりは「上」といっているが、その「上」とは何なのか。「大」企業に入れるというが、「中小」企業ではダメなのであろうか。

 中学校で進路指導に携わる人、進学塾の人たちには、この拙い文章を材料にしてよく考えてもらいたい。言えるのはそこまでである。高校の進路指導担当者で自分の生徒に理工系志望者があった場合には、これまで通り自信をもって「いい大学」「実力のある大学」への学習指導・進路指導をしてもらいたいと思う。ここで「学歴主義」についてであるが、これは別の見方をすると、自分に能力があるというのであれば日本における大学入試や競争的試験程度のことは突破して見せよという程度のことに過ぎない。万が一、Aの大学を落ちてそれよりワンランク下のB大学卒業生であったとしても、その程度の差は、実社会で埋められる。日本の大企業・製造業には数多くの地方国立大学や私立大学出身のトップが存在する。日本には学歴主義が厳として存在するが、それは比較的緩やかにして公正なのだ。しかるべき水準以上の能力・学力がある者は、堂々この競争に参加すればよいと思う。そして、進路指導の際には、筆者のような者でも、自習でそこそこの水準には到達できることも思い出してほしい。

 高専批判の第一の対象は、これが生み出した、教養なき専門家や制度的矛盾に気づかなかった、あるいは、気づいているのにこれにフタをしてきた者たちである。そして、制度に便乗したものさえ存在する。敢えてそう言わねばならない。「3割に満たない」「純朴な」「高専卒」の人たちよ、許してほしい。もちろん、入学者の資質が下がっているとはいっても、高専入学者が入学時に潜在能力の面で無能だという気はない。しかし、多くのそのようになってしまった、あるいは、多くのそのようなものになるとわかっていた人たちを批判しているのである。現在でも、高専の体制や雰囲気に大きな疑問を持ちながらもーあるいは、卒業後にやっと大いなる矛盾に気づくこともあるがーそれこそ、教員との個人的接触で勉学研究意欲を保っている者も絶えなくして僅かにある。逆にこの僅かにある人たちをダシに高専教育を礼賛することは許されないのである。また、7期~8期を含む初期高専生に超秀才あるいは天才が存在しことは、繰り返すが、”時代性”が生み出したものである。天才達もいたに違いないのである。しかし、天才はどこにいても天才なのである。第二に、筆者は高専という「制度」自体にも勿論反対である。これに一部の才能ある生徒・研究者としても優れた教員がいるということとは別である。この生徒や教員は、他の機関でも、否、他の機関であればより活躍できたのでないだろうか。非常に心苦しいが、この優れた生徒や教員であればこそ主張する高専礼賛をも、筆者は徹底的に批判したかったのである。中学・高校・大学はいろんな校風のものがあるが、高専は、なぜか、どこも同じような感じなのではないだろうか。罵詈雑言、主観・推測もあったが、そんなに間違ったことは言っていないと思う。

 

 

 

 

 

 

第10章ー実践的教育は高専の独占物ではないー

 高専教育の残る拠り所は、「実践的」「実習重視」「即戦力」ということになろう。特に、実習重視は設立当初から行われてきたことであり、確かに時間数が多い。高専は、大学との差をこのような教育目標に求めてきた。ところが、このような、教育目標は、実は、明治時代に体系的な工学教育が始まったときから言われていることなのであり、何も高専発祥のものではない。確かに、各種の工業系の学校が大学に昇格するにつれて、この「実習」「実践」「実技」の価値が薄れていった時期はあるが、これが致命的な効果をもたらしたのであろうか?ここでは『東京工業大学百年史 通史』(以下『百年史』)を題材として選び考えてみたい。工業教育史・研究史には厚い研究が積まれているだろし、下記の内容程度のことは理工学を学んだ者なら周知のことであろうが、仮定的に以下のような問題点を指摘しておきたい。

1.製作学教場から東京職工学校、そして、実業専門学校へ。

 『百年史』では、始めに、東工大の前身である工部大学校の編成上の主義としては、ドイツ・フランス流の「学理中心の教育」とイギリスの「実技中心の教育」の折衷がなされたのだという(9頁)。ところが、大学制度が確立されるにつれて様相が変わってくる。実技も大事であるはずの工学教育において、実技的要素が大学教育の現場から薄れていったのである。そこで、かの手島精一は自らが守ってきた「製作学教場」の理念を引き継いだ中等程度の工業技術の教授を目的とする工業学校の設立を熱心に建議し、ついには、東京職工学校設立に至ったのである(24頁以下)。この職工学校の教育編成には、「実技」「速成」なる用語が見え、職工学校は実習中心教育、速成教育が明確に謳われていて、帝国大学とは役割が異なった(89頁)。

 その後、「職工」という言葉へ誤解と教育内容の実際から、校名は東京工業学校となる(113頁)。さらに各県に(中等)工業学校が設立されていくにおよび実業学校令が制定される一方、実践的な工業教育の先駆者である東京工業学校は専門学校令による実業専門学校になった(193頁)。ついには、大学昇格運動が起こり、東京工業学校は戦前には東京工業大学となることは周知のとおりである。この大学昇格に際して専門学校的なカリキュラムが見直され、工業に関する広範囲な研究と教育を目的とするにふさわしいカリキュラムとなっていった。

 一方、戦前において、実業専門学校の全てが大学への昇格したわけではない。各地方には特色ある実業専門学校が設立され確立されていた。この実業専門学校のうち工業系は、実験実習(製図を含む)が重視され、週39時間の授業のうち、3分の1程度がこれに当てられたという。また外国語を除き教養科目はほとんどなかった(天野郁夫『高等教育の時代(下)』231頁~233頁)。言うなれば、東京工業学校的な教育理念は各地に波及していたのである。また、地方の実業専門学校において重要なことは、成長する産業資本のより直接的な人材養成が深くかかわっていたことである。例えば、秋田県における鉱山、群馬県における染織は有名で、その地区の工業専門学校は校名にその分野の産業名を冠し、かつ、その卒業生はその産業分野のリーダーとなっていったのである(天野郁夫『大学の誕生(下)』154頁)。

2.旧制工業専門学校の理念は新制大学工学部で失われていない

 以上に概観したように、日本の大学レベルの工業教育が、最初から、実技教育を軽視してきたわけではない。ヨーロッパ等と異なり、日本では工学高等教育が先ず大学(ユニバーシティ)で導入されたされた自体が重要なのであるが(例えば、この点に関するものとして、参照、功刀滋『なぜ日本の大学には工学部が多いのか』50頁。なお『百年史』はイギリスの実技中心教育に言及しているが、そのイギリスでは、技術教育は「機械工講習所」に始まり、技術カレッジ設置、大学への技術教育導入と進んできたのである(E.アシュビー著/島田雄次郎訳『科学革命と大学』83頁以))、その大学工学教育の内容が、制度の発展とともに学理重視の研究教育に移行していく過程で、逆に、実技教育こそ重視しなければならないとして東京工業学校や実業専門学校が発展していったのである。これらはのちに制度化され高等教育制度を占めるのであるが、それら学校における実習時間数も申し分ない。先ずはこのことを確認せねばなるまい。

 次に、確かに、東京工業学校は戦前にいち早く大学となり、実業専門学校も戦後ほとんどすべて大学となり、上述のようにカリキュラムが大学の研究教育用に編成されていくから、実技的要素が薄くなった可能性はある。しかし、工業教育の変遷や伝統を見たときに、実技・実践を軽んじる風潮が蔓延したとは言い難いし、そのようなことは工学の研究教育において不可能なのである。

 例えば、制度上は専門学校である早稲田の理工科が当初は「実用」を重視し高等工業をモデルにしていたが、「大学」の名称に憧れた学生からその実用重視や高等工業学校出の教員に不満を持ったりしたということもあったが(天野郁夫『大学の誕生(下)』108頁)、これは早稲田の「大学志向」が一時的に実用教育を軽んじようとする風潮を生み出したことを示している。同様のことは、地方の官立実業専門学校にも見られる。官立の旧制実業専門学校が大学に昇格する際には、大学昇格にふさわしく「一般教養の重視」するカリキュラムが組まれた。例えば、後発・戦時に設立されたものではあるが、官立の旧制実業専門学校からの歴史を有する新制鹿児島大学工学部のカリキュラムは、教養科目が1年半54単位である一方、専門科目が2年半93単位・うち実習科目が4分の1程度であるから(神田嘉延「鹿児島大学工学部の創設期の教育状況―稲盛和夫の学生時代の背景」鹿児島大学稲盛アカデミー研究紀要の巻末に掲げられた昭和35年・同大学工学部応用化学科カリキュラム表。これは昭和35年時のものであるが、証言から昭和20年半ば頃とほとんど変わっていないという。実際のカリキュラム表が掲載されていることから引用した。但し、本稿には、用語・固有名詞に混乱が見られる)、旧制実業専門学校に外国語を除き教養科目が存在せず、3年間で実技が3分の1であったのと比べると実技の割合が少ない。しかし、この鹿児島大学工学部の例で見たときに、実技科目は減ったが、決して致命的ではなく一定水準は保っているし(専門科目単位の4分の1)、実験に力が入れられなかったのは、昭和30年を過ぎてもなお日本は貧しく実験設備がままならなかったことも考慮すべきである。逆に、器具も無い、何も無い中で、教授と学生が協力して機器を手作りしなければならないという(前掲・神田263頁。実は、このような実例は戦前からの旧制工業専門学校の歴史を有する新制大学工学部において、多く見られる)、ある意味では、最大限に「実践力」を要する場面に向き合えたのである。さらに、この鹿児島大学工学部の例で見逃せないのは、他学科の科目を自由科目として履修できることで、ツブシが利く結果にもなった。

 早稲田の例は早稲田らしいと言えばそうかもしれないが、この鹿児島大学の例は、おそらく、多くの戦後直後に設立の新制大学工学部や私立理工系大学にもあてはまるのではないだろうか。仮説的だが、東京工業学校がそうであったように、昭和30年以降も新制大学工学部は、教養部設立にもまれながらも、学理偏重への反動を内包し続けてきたのではないか。これが工学という学問の性質上当然起こるべくして起こるのではないか。先発の官立工業専門学校の後継校はどうだったのか。先の秋田大学鉱山学部はどうだったのか。あるいは、群馬大学信州大学繊維学部はどうだったのか、あるいは東京農工大学はどうだったのか、あるいは東京や関西の伝統理工系大学群はどうだったのか、を丹念に調べていく必要があるだろう。

 もっとも、仮に大学工学部卒に実践力の低下が見られるとしても、その実践力の低下は、企業社会の実地に入れば縮まることも考慮すべきである。日本企業における企業内教育やOJTは有名であったし、高度成長期の時期では、とにかく人が入ってくれれば、どうにかモノになる人材が育っていったのである。そして、現在では、科学技術の急速な進歩によって、工学教育が長期化・後ろ倒しされている。現在の修士課程の教育は工学者になるためのあるのではなく事実上「実践」の場となっている。大学院修士課程修了者の大量採用はこれを反映している。早め実技を教えるメリットが少なくなっているのである。また、教養部改革によって専門科目の導入に工夫が見られるようになった。例えば、専門科目の基礎を前倒しして、学部後半は実習や研究に大きな時間を取ることも可能になったのである。

 あの「実践的教育がよかった」と思うのは全く自由だが、旧制工業専門学校の歴史を有する地方国立大学・私立大学を無視して、宣伝に使える文句ではないのである。筆者もよくわかるのだが、高専においては特に初期から中期にかけて、旧制工業専門学校出身教員が多数存在した。彼らの多くは企業で技手から出発して技師となった経歴を持っていた。彼らが、高専生に向かって「中堅技術者たれ」と言っていたのでる。また、高専には地元の国立大学工学部の修士や博士を出た教員も多かったが、彼らも、自分たちが大学で受けたような実験とレポートを生徒に課してきた。むしろ、後述するように、若い博士が、高専の教育に活気を与えたりした。このように、人的にも高専は大学工学部の実践的部分について大きな影響を受けてきた。最近では、大学工学部による実践的教育の試みを高専側が勝手に「大学の高専化」???(高専内部でしか通用しない概念)などという説明をすることがあるが、歴史を見れば明らかなのである。それは「大学工学部の旧制工業専門学校的な実践教育への回帰」「大学工学部の本来のあり方」とでも称すべきものなのである。

3.高専の意義は何だったのかー旧制工業専門校と代替する存在ではないー

 確かに、産業界は、旧制専門学校等に比較しての新制大学工学部卒の専門的能力に不満を抱いていてもいた。これが、新たな学校設立の契機となっている(天野郁夫・前掲『日本的大学像を求めて』214頁以下)。ところが、上で見たように、旧制工業専門学校の伝統を有する大学工学部の内包化された実技志向もあって、産業界と同じ問題意識をもった、あるいは産業界の要請を受けた大学関係者や当局の取り組みがタイムラグを生じながらも功を奏し、産業界の不満は意外に早く解決され、その継続期間も短かったではあるまいか。また、高専設立の昭和38年頃には、旧制実業専門学校の伝統を持たない新設の国公私立大学工学部も大量に増設されているが、これらの新設大学工学部が産業界の要請を無視したはずがないし、そうした大学工学部の学生数は高専よりはるかに多く厚くなっていった。

 大卒も実技教育を受けていないわけではないし、むしろ、実技教育に回帰し、さらに彼らが企業で実務を積むうちに、実践力の差が縮まってくる。そうこうしているうちに、工学教育の主流は大学院修士に移っていくことで、産業界の不満は時の経過とともにいよいよ薄れていく。産業界特に大企業が、その後大学工学部卒に対して不満を表明し続けたのであろうか。また、高専卒の中には研究開発部門における実力を認められた者も多かったであろうが、何しろ、大卒大量採用の時代であり、高専の割合は大きくないので全体における効果のほどが計量しがたい。新制大学工学部卒に不満を持ったはずの産業界は、新制大学工学部卒に“代えて”まで、そのすばらしい高専卒のさらなる“大量供給”を要求してはいない。「実践力」「実技」の能力の差は大卒と高専卒とで相対的に留まったのである。そして、野村氏も指摘するように、「中堅技術者」を定義できなかった高専は1981年に至ってやっと高専は「実践的技術者」を養成する学校であるとしたが、逆に言うとそれまで、高専は明確な教育目標を持っていなかったことになる(野村正實『学歴主義と労働社会』98頁)。しかし、その「実践的」という目標既定についても、筆者は疑いを持っていると言いたいのである。歴史的には、高専側は自分たちの教育を大学工学部相当とか、卒業生の能力はおおむね大学工学部学部卒等と標榜してきた。年限が短く文理の基礎教育は薄いため、結果的には、大学工学部圧縮省略版となった。確かに実習が多かったが、「大学」相当などと称して入学者を誘い、とにかく教育だけでも「大学」に追いつけとやってきた高専が、自分たちの実習教育と大学工学部の実習とがどう異なるのか、説明できたのであろうか。説明しようとしたときに、何とか出てきた言葉が「実践的」だったわけであるが、その概念と実態は大学工学部と高専を相対的に画するに過ぎなかった。

 大学と高専は規模も能力も存立基盤も異なるが、敢えて比較の対象とすれば、理論と実践において「大学教育と高専教育の相対化」という言葉もかろうじてだが許されるだろう(もちろん、その言葉は高専関係者発祥の言葉であるが・・・)。しかし、その中で、期待される能力と立ち位置が曖昧な高専卒は、企業の「学歴主義」に従い、時には現業職に近い部門に、時には中間部門、時には研究開発職にと、企業側に穴埋め的・階層的に使われたのではあるまいか。ここで敢えて問うならば、高専卒の実技能力・実践力と職層・職階・労働内容との関係性あるいは無関係性の実体はどのようなものなのか。次第に今度は、大学工学部卒も企業内で大衆化され、どこにでも行かされる大学工学部卒が増えてくると、「実技」「実践」力を養成してきたと定義しなおされた高専卒が、企業論理に従って、周辺的・補助的・現業的部門・作業的・反復的業務といった部門に配置される結果となったのではないか・・・。新制大学工学部は旧制工業専門学校の伝統と理念を残したまま発展拡大・大量供給されていったのであるから、結果的に、高専が旧制工業専門学校と代替したわけではないのである。教育課程面でも旧制工業専門学校生が旧制中学卒業後に専門教育に入っていったことと比べると、高専生の一般教育は、さんざん指摘するように薄すぎることからも、比較の対象を誤っている。

   ここで、私の実感を述べさせて頂く。高専専門科目・理系科目の教員の多くは現在では学位取得者となった。ところが、ひと昔前の高専教員には、大学学部卒で企業に入り一線を退いて管理職になった元技師又は元研究者も結構多かった。彼らの企業内における実績は十分優れたものであったろうし、さすがは企業管理職であり人間的な魅力にあふれた人もいたと思う。一方、博士課程修了の学位取得者もちらほら揃い始めてきていた。生徒を専門知識においてリード出来たのはこの二層の教員たちであった(第三層の結構な割合で存在した不適格教員については終章)。ところが、これら企業出身技師が高専の初歩的、教育用の実験設備で「実践的」「実技的」なことを指導したり具体の開発課題を与えることができたかというと、そうではなかったのである。企業出身教員は大企業で最新鋭・特殊の設備に接してきていたため、逆に、一線を退いて管理職になったりすることもあって、初歩的な設備や器具を使って指導したり何かを作り出す感覚が落ちていたのである。あるいは、一応、高級技師であった彼らは、多くの高専出身者の職階を知っており、こういうことも経験させておけば役立つだろう、ぐらいの教育を行う者もいた。自らは純然たる研究者とも言えないので研究指導は難しい、ここの生徒に開発課題を与える意義も見いだせないしそういう設備もない、しかし、企業の実際を知っているから何某かの実務的感覚は伝えられるから重宝というわけである。もちろんそういう教育は時代と場所が変わればさほど意味はないのだが・・・。一方、学位取得者(ちなみに高専出身者ではない)の方はどうかというと、高専よりははるかにマシとはいえ大企業よりは設備が整っているとは言えない状況で(例えば、ある地方国立大学工学系研究科出身者は化学系の実験でビーカー代わりにワンカップ大関を使っていたと言っていたー大学工学部の窮乏ぶりを揶揄するためによく取り上げられる事例であることは後に知ったー。電気系では真空管まであったというー真空管は今でも利用価値があるがー)、研究開発に従事してきたため、逆に、初歩的な実験器具を使って生徒を指導したり、その中で、どういうモノを作り出せばいいかを指導できる人もいたのであり、一部に存在する、優秀であり、かつ、こういうことをやってみたい、実践したい、という意識を持った者たちを引き付けたのは、むしろ、この学位取得者の方に多かったように思う。実験室も明かりが絶えなかった。つまり、工学において実践的・実技的なことをやってきた教員が実践的・実技的なことを教えられるとは限らない、逆に、純然たる工学研究者が実践的・実技的ことを教えられないわけではない。ましてやーこの拙論のもう一つのテーマであるがー「早く」始めたからと言って「実践的」な人材として優れるということはない。そんなことを言えば、工学部でかなりの割合を占める大学理学部出身者が工学部で研究教育をできないことになってしまう。そもそも理学においてさえ実験・実践はある。ちなみに、これら大学院博士課程修了者や学位取得者(繰り返すが、高専出身者ではない)こそが「高専生は就職やすぐ役立つことばかりに興味を持ちすぎている。もっとこの分野でこういうことをやりたいという気持ちをもって欲しい」などと赴任した矢先に言っていたのを思い出す(もちろん、高専生の多くが数理的手法に疎いー当たり前だがーことを小バカにする者もいた。しかし、彼らは彼らで正直であった)。筆者が前項で後発の旧制工業専門学校の事例論文を挙げたのは、このような観察があったからなのである。手を動かし、汗をかき、かつ、頭も働かすのは、大卒・院卒技師、博士も同じなのだ。

 ところで、もし、「実技」「実践」の価値を“技能”“器用”“定型的業務への習熟”の趣旨に理解しているなら、そのような学校であると明確に誤解のないように標榜してくれればよいまでのことである。そういう教育を行うのは比較的たやすいことであるから、それに特化すれば、そういう結果が生まれやすくはなるだろう。また、そのような仕事は「一定枠」としてなら存在する。あるいは「実技」「実践」が高専が従来から標榜してきた某かの「中堅」的意味と言うならばー当人らはよくわからないまま使っているように思えるが、“理論”と“技能”、“本質へ洞察”と“実現”、“思弁と経験”、“無用”と“有用”の範囲内に位置づけられる某かということか?ー、そのような力量は、大卒・院卒技師でも普通に持っていると言っているのである。筆者は“某かの範囲”と言ったが、理工学者・技術者諸賢は、その某かの範囲を定義づけようとするとき、正に「工学」の定義になることに気付くであろう。高専の内実を知らない外部出身者やマスコミは、高専の教育の表面を観察して、実験・実習が多くてすばらしい、という実感を抱くであろう。その感覚は、良くも悪くも中学生が体験入学の時に抱く実感に似ている。ところが、そのような実験・実習は学問の府であるはずの大学でも見られるし、あるいは、教科としての実習そのものの時間は少なくても、卒業研究で、それが研究と銘打たれているにもかかわらず実習的要素の学習が得られているのである。さらに、逆に、大学が本気になって1年次2年次から実験実習を多めに取れば、高専が目指す教育目標は、ほどなく大学の方にこそ達成されてしまうだろうし、そういう私立工業大学は存在する。専修学校・専門学校でも、実習と就職を意識して教育を提供している。要するに、諸制度との比較なし、あるいは、比較の対象を誤って(例えば、三流私大の文系よりマシ、逆に、研究機関としての意味合いが強い旧帝大等に比べるなど)、さらには「量」の定型的観察で、高専を評価しているケースが非常に多い。

 理論と実践は両輪である。敢えて言うなら、理論さえも実践で得られる、理論があってこそ実践が意味を持つ。「実践」力は、その意味するところを考えればわかるとおりカリキュラムで得られるとは限らず、それこそ、徹底した理論学習の後に実際の研究や開発をしている教授や院生を手伝いながら徐々に得られることもあるのである。

4.高専専門学科教員
(1)ここで、学位を持つという高専専門学科教員について述べておこうーもちろん、工科系の専門学科においてのことだから、その学位とは博士号のことである。
 序章でも述べたとおり、高専の50年以上の歴史の中で、高専創立35年経過ぐらいまでは、一部の高専高専教員を除き、専門学科教員10名中に博士号取得者がゼロないし2、修士号取得者が若手中心に3~4名であることが多かった。つまり、高専によっては、学科に博士号取得者がゼロ、修士号を持った者が2名という組み合わせが十分あり得たのである。昭和50年代から60年代の地元に有力大学がない高専ともなると、学位取得者は大学工学部教授出身の校長のみということも珍しくなかったはずである。教員一人当たり生涯研究論文数は数編から十数編、しかも、査読付き論文がゼロないし2本、という高専も多かったと思われる(筆者は、一部の教員を除き・・・と言ったが、高専に学位取得者が赴任したり、高専教員が高専教員のまま非常な努力をして学位を取得したりすると、まさにスター扱いで一目置かれたものであることを覚えている。一部の高専を除き・・・とも言ったが、圧倒的多数の教員が学位を持った高専にはー私は、それらの高専は教員や校長の意識が他の高専と異なっており、かつ、大都市圏との人材交流があった高専ではなかったかと考えているーいち早く専攻科が設けられている)。
 さて、学位を持った教員がいるというのは、よほどヒドイ大学工学部でない限り入学難易度底辺の大学工学部でも同じであるか、そちらの方が学位取得効率が高く研究論文発表数が多い。おそらく近く解消されるだろうが、現在でも高専の方にこそ博士号を持たない者が散見される。学生数も高専より圧倒的に多いし、大学院まである。就職問題もあって教育に不熱心ということもない。高専教員は学位をもっている、充実して学べるから高専に行こうというのは、リクツにならない。
 大学工学部「相当」などと称していたが、教員の研究レベルの比較論で言うと、一部の高専と教員を除き、大学工学部教員には及ばない、という負の歴史も長かったし、現在でもそうである。そして、理工学分野における研究力は教育力にも当然に影響する。その負の歴史は高専制度の根本的欠陥と表裏をなしてきた。高専中期までは、実務家教員比率が多かったことと理工学専攻者の大学院修了者そのものが少なかったことが原因であるが(実務家教員には企業技術者・企業研究者としての優れた実績があった。当時の実務家教員には形式的に学位を要求するのではなく別の考慮が必要であろう)、しかし、実務家教員が多かったこと等だけが教員の研究力が低かったことの原因ではない。ほとんど研究せず、できず、あるいは、あきらめた、という教員比率も6割ぐらいはいたと思われる。現在でも、学位を取りきれない教員が散見されたり、年齢が進むにつれて研究が息詰まる教員が多い。大学工学部では博士号をとってやって研究者としてスタートできるのであるが、高専では修士で助手・助教になって、学生指導に熱心な者に限って博士号が取れないということや、高専に長くいると設備や環境で大学教員にあっという間に追い越されてしまうことが多くみられる。専門学科にもかかわらず、(おそらく研究テーマと研究設備が乖離することもあろうが)稀に学位が科学技術に関する論文ではなく教育論文である例さえもある。そもそも組織体としては研究が非常に小さくしか期待されていないのが根本原因であるが、その構造は今も変わっていない。逆に言うと、高専教員はその能力を十分発揮できていないとも言える。
 専攻科設置で、学位を持たない教員も在職中に学位を取得しなければならないとなった時に、その機会を与えてくれたのは、遅れて博士課程を持つに至った地方国立大学工学部であることも多かったはずである。あるいは、中堅私大も博士課程があったから、そこで学位を取得したもの者も多いはずである。高専教員の中には、高専は地方国立大学工学部と同等などと言いう者もいたが、わかっていたこととはいえ、この時は、しみじみ思い知ったはずである。しかも、いくら手塩にかけて生徒を育てても、高専からは学士学位は出せない。学士が一応は学位と呼ばれるようになった今日においては、そのことも身にしみるだろう。
 皮肉にも、余剰博士も高専教員の博士号取得率が高まったことに一役買っていたことも指摘せねばなるまい。そのことも含めて、専攻科設置で教員が博士号を持つようになったというのは、自身の学位取得をむしろ他に(大学)委ねなければならなかったことと、高専が学士学位も出せないという、厳然たる事実を確認させられたという皮肉な側面もあるわけである。
(2)少なくとも学歴的には大学よりも低い地位にある高専において、その教員間では「学歴主義」が存在していたのではないか、と思われることがある。以上の高専における学位の例の他に、例えば、①国立大学出身者特に当地の国立大学出身者が非常に多かったこと、②(ⅰ)大学卒であれば、紀要に何篇か書いていれば自動的に教授に昇進できることが多かった一方、②(ⅱ)企業などで実務経験がある工業短期大学や夜間部出身の教員が万年助手や万年助教授である例が多かったこと、③最終学歴高専卒の教員が1~2割いたが、その教員は学位や査読付き論文がなくても教授に昇進できたこと、④企業出身教授については、多くが大企業の高級技術者・上級管理職出身であったが、それらの者も多くが一流大学出身者であったこと、⑤校長は博士号を持った国立大学工学部教授出身者で占められていたこと、などである。②(ⅱ)と④の例は大企業の学歴主義を反映しているとも言えるかも知れない(当時若年の私は、企業出身者かどうかはすぐわかるとしても、高専教員の学歴や経歴を調べようがなかったし調べようとも思わなかったが、本文章を書くにあたり、大きな図書館等に行けばある程度わかるようになっていることを発見した。現在はウェブ上で学歴・経歴・著作が開示されているというのも便利である)。
5.旧制専門学校の大学昇格熱の冷却―高専と同じ轍―

 ここで、旧制実業専門学校のついて、ある事実を見ておきたい(以下、天野郁夫・前掲・『高等教育の時代(下)』334~335頁)。

 大正10年教育評議会において専門学校改革が議題にとりあげられた。そこでの議題の主なものは専門学校における①学士号の授与と②専攻科設置問題だった。天野によれば、この専攻科設置の狙いは専門学校卒業生の向学心を満たすことではなく、官立専門学校の間に高揚した大学昇格熱の冷却をはかることにあったという。

 まるで、現在の高専における問題と同じことが既に大正時代に旧制専門学校で起こっていたのである!高専における専攻科設置とは、この大正時代の措置と同じだったのではあるまいか。専科大学が専攻科にすげ替えられた経緯からはそのように断定してよろしい。そして、我々は、前章で挙げたcool downそしてcool out がその中身の学生に対してだけでなく、高専という学校制度そのものにも向けられていることを知るのである。

 高専関係者が好む「5年一貫」「楔形」の主張も、結局は、後期中等教育の年代を含む青年が存在することを理由に昇格を冷却させる根拠となるだろう。それだけならまだよいし、筆者も高専が一般大学に昇格することや、一般大学増設に価値を見出していない。また、確かに高専における「実技」「実践」科目の割合の多さは多少の評価材料にはなる。しかし、工学教育において多くの人に共有され続けてきた「実技」「実践」の価値が、高専のそのままの“存続”と“冷却”の隠れ蓑に使われることは憂慮している。これは戦前から既に科学技術立国・ものづくり大国であった我が国そのものにとっても許しがたいことなのだ。

 

 

第9章-複線化への覚悟があるのか、複線化の意味がわかっているのかー

1.天野提案・職業高校昇格による公立高専増加とその問題点

(1)実は、天野郁夫『日本的大学像を求めて』(230頁)においては、地方公共団体が地方の職業高校の年限を2年延長した形で公立高専をもっと作ってはどうかという、提案が示されている。この1991年出版のこの論考は、高専関係者に対してなされた講演が元になっているというから、高専関係者には馴染みが深いものであるはずだし、先に問題にした与党案もこれに近いことを言っている。

 高専増設策そのものについて、前章までで、その理由付けや効果に大変問題が多いことを指摘した。

(2)ただ、天野自身はこの公立高専増設策に可能性を感じていたようであるから、再度、別の観点から、天野の提案に疑問を呈しておきたい。第一に、天野は「進学者の強い普通科志向からすれば、問題となるのは(地盤沈下した)職業科ということになりますが、・・・」と述べ、普通科の方に問題が無いかのような認識を示していることである。ところが、人気が落ち、天野が言うように「地盤沈下した」とは言っても、職業科の生徒はその分野の職業教育に入っており、今でも現業職や地場中堅職に限定された割合とはいえ一定の引き手があるのであって、職業科に問題が生じるとすれば、不況時などにおける進路確保の問題と望んだ場合の継続教育が問題のメインとなる。ところが、前章までで述べたように、中堅下位の普通科高校卒業生こそ職業教育が問題となるはずなのに、天野はそのことをあまり意識していない。進学者の強い普通科志向を肯定するというなら、その後の、つまり18歳時以降の彼らの職業教育こそ充実させるべきである。逆に中堅下位の普通科高校が多すぎるから、その代わりに高専を増やすべきというならまだ分かるが、その県で伝統がありいまだに限定されているとはいえ一定の機能を果たしている職業高校を改編して高専にするというのでは何の解決にもなっていない。唯一の効果は、その増えた高専の中で国立高専が中心的に存在になれるという、既存高専のはかない権威化だけである。第二も「普通科志向」に関連している。普通科志向は基本的にその卒業後の高等教育に結びつき、政策的には大学教育の増設に向かうはずである。近時の大学増設はこの「普通科志向」が原因となっているのである。ところが、大学進学率が上昇すればするほど、高専卒の地位が相対的に低下することになるが、これは天野自身が指摘してきた重大問題ではないか。第三に、製造業に限ってのことだが、伝統工業高校に現業職から一定の引手があるのは、少なくとも量産型工場における業務においては、工業高校程度の教育で「足りる」と企業側が判断しているからである。これに中途半端に「専門性」を与える高専昇格は、逆に企業にとっては無駄になる可能性があることも考慮すべきであろう(AIの発達などで大企業現業職が不要になる、又は、逆に現業職にも学問的専門性が必要になるかは、よく見極めなければなるまい。もっとも、仮に後者だとしたら、今度は労働需要が大卒シフトする・・・などの可能性もある)

2.複線型としての高専

 天野提案が出たついでに、日本社会の根本にかかわる問題を指摘しなければならない

 仮に、本当に仮の話であるが、高専増設・充実化が進めば、①普通科高校、②職業高校、③高専という形で、本格的な教育制度の複線化・分岐化をもたらすであろう。本来、このような複線化施策は、国民的議論による教育制度の「大」改革によるべきものであって、徐々に特殊な学校を作ってそこに生徒を徐々に〝放り込む゛ような安易なこととをしてはならないのであるが、仮の例として、話を続けたい。高専は複線型・分岐型モデルの先行型ではあったが、これまで、あまりにも就学人口に占める割合が低いため、高専1つあったからといって、複線型・分岐型モデルが確立していたとは言いがたかった。与党案のそもそもの意図は、アメリカのような6-3-3-4の単線型教育制度への疑問を出発点にしている。戦前の日本の教育制度が複線型で、高等小学校、旧制中学、高女、実業学校、旧制高校旧制専門学校旧制大学といった形で各種コースが分かれていたし(ただし、中等教育以降に進むものが非常に少ないので現代の制度とは比較しにくい)、だいぶ様相が変わってきたといえ、ヨーロッパではドイツが代表的だが複線型・分岐型である。これは筆者が言うまでも無いだろう。しかし、日本では、高等教育以降は大学、短大、あるいは新設の職業専門大学、専門学校といった形である程度多様化しているので、ここで問題にすべきは、高専増設の規模次第では、15歳という早期、そして青少年が多感な時期に、いよいよ戦前日本又はドイツ並みに複線化・分岐化が始まるということなのである(本当に、仮の話ではある)。

 一般論としては、日本には多様化の基礎自体はあると筆者は考えている。

 ドイツでは、子供たちの就学コースは、成績評価や彼らの職業意識によって、①昔なら中学生になる前という早期に、②3つの独立区分化されたコースに枝分かれしていく。これにはドイツ国民の伝統意識が強く働いていて、職人は職人の道に誇りをもつ、一方、ギムナジウムに行く者もあるが、彼らは、相互の進路にあまり関心がないという、二分化された意識である(西尾幹二『日本の教育ドイツの教育』104頁以下)。もちろん、今日では、この意識やこれを前提とした仕組みはかなり変わってきているらしいし、制度的には、複線型・分岐型への反省や複線コース相互の交流も保証されているようであるが、ドイツ・ヨーロッパに少なくとも強く根付いていた意識であったのは間違いない。では日本はどうなのか。確かに、日本でも、ドイツと同様の意識を持った者も結構多い。そもそも、高専改革案を作った与党関係者がそのような二分論を理想としている。地方では、大学など行くより、手に職をつけて、という者が多いように思う。これは韓国などと比べれればわかることで、韓国のように全国民が一斉に一流大学を目指したり、人気のある職業に殺到するという事態までは生じていない。しかし、混在しているというか、同じぐらいの比率で、自分の能力に係らず、先ずは普通科高校(天野の言う「進学者の強い普通科志向からすれば、問題となるのは職業科ということになりますが、・・・」の、その普通科志向)、とりあえず大学(大学進学率は50%を越え、その大学とやらは、東大から定員割れの無名校まで、同一資格)という事態も進んでいるのである。しかし、半々という、そういう意味では、多様化の基礎はまだ残っていると言うことになるかもしれないが、徹底されていない。

 しかし、ここからが、日本らしいところだと思うのは、現在の制度では、15歳以降で、進学高校と職業高校の違いがあるが、これがドイツのように、コース別に“目に見える形で”区分化されていないことである。目的のみが異なるという建前なのである。進学高校と職業高校で使う数学や英語の教科書が実際は異なるが(一般に進学高校のほうがページ数も内容も厚い)、それは目的が違うと言う建前で成り立っているから、これは進学校用、これは職業高校用というふうに教科書に表示されているわけではない。つまり、両者はあくまで6-3-3の単線コース上にあり、目的こそ違えど、単線に乗っていることで精神の安定さえも保っている。ところが、高専は違う。高校コースとは異なる枠外にある。普通科と職業科を微妙に分ける単線型コースの枠外にある。第一に、それは5年制であり姿かたちが全く異なる。第二に、高専のみが理念として高等教育までの完成性・完結性がある。創立初期の高専に進学してきた生徒が、進学校から大学進学を選びうるにもかかわらず、あえて高専を選んだが、そこでぶち当たった袋小路や企業迎合教育という現実に闘争を起こしたことは既に述べた(第一章参照)。なるほど、普通科大学進学コース・普通科就職コース・職業科就職コースがあるらしいのは、当時の高専生も意識していた。ところが、高専のみ区分化されている。そして、その区分化はドイツの区分化された仕組みより残酷に作用した。というのは、さすがのドイツも、各コースに生徒を振り分けるのには、成績評価を使う。仮に、成績評価に関係なく、職人の子は職人という道徳に従う場合でも、かれらは伝統意識として他人の進路に関心が無い。ところが、当の高専生は、進学校から大学進学を選びうる水準だったし、既に述べたように、他人のコースに関心が全く無いというほどには、多様化は徹底したものではなかった。野村氏流に言えば、成績のいい子は当然に進学校から大学へ進学すべきであるという学歴主義が成立していない時期に、その資格自体はあるにもかかわらず高専を選び、それを何と思わなかったが、学歴主義が先んじて完成していた大企業の現実に接してしまった、ということになろうか(野村正實『学歴主義と労働社会』101頁参照)。

 日本社会には多様性の基礎はあるにはあるが、徹底していない。そこで“目に見える”区分化されたコースを作るという意味での多様化までは馴染まないところだが、高専とはそういう性質をもっていた。そして、あたらしい区分としての、独自の仕組みとしての高専が確立されればされるほど、そして数が増えれば増えるほど、今度は、職業教育という目的だけは高専に近い職業高校は、普通科高校との微妙な関係から引き離され、かくして、①普通高校、②高専、③職業高校の3区分化・複線化されていくのではあるまいか。高専が増えていくということは、このようなことを意味している。しかも、それは、15歳という、まだ、自分の能力や進路決定に自身が持てない時期に始まる。

3.複線化への覚悟があるのかー“目に見える”区分化

 教育制度の複線化・分岐化においては、日本の国民が人間の意識の問題として、以上のような早期の区分化・分岐化に耐えられるのかということを問われなければならない西尾幹二が『教育と自由』において「日本の現代社会には多様性がない。従って学校制度だけ多様化しても、社会にはそれを支える根がない。そのため制度面での『多様化』の試みは、結果的には、おおむね『多層化』に終わる。社会のこの体質にあくまで制度で抵抗すれば、関係の子供たちを徒らに苦しめることになるだけである」と述べたことは既に触れた。筆者は、この西尾の分析を次のように解釈している。つまり、こういうことである。日本では、少なくとも進むべき道・生き方に多様性を認める考えが残っているのではないかと述べた。この点は西尾の理解と異なる。しかし、西尾の言うとおり、多様性の果ての多層性を受け入れて平然と生き抜き、これが自分の歩み道、他人は他人と割り切れるまでには至らない。代わりに、単線化された一見平等の中での、序列化又は整序化は受け入れ、この中に安定する。西尾・前掲『日本の教育ドイツの教育』『教育と自由』はそういう文脈で読むことが出来る。

 15歳少年あるいはその父母も、さすがに、自分らが他のみんなと同じルートを歩めるとは思っていない。しかし、一見明白に異なった別ルートを歩み、歩ませ、自分は自分、他人は他人、自分の子は自分の子、他人の子は他人の子と割り切れるまでには至らない。単線型ルートの中に、微妙に進学高校とそれより劣る普通科高校や職業高校を配置していったのは、あるいは、同じ「大学」の名の中に、大学と職業専門大学や短期大学を配置する考えが示されたのは、やはり、理由があることだったのだ。

 複線化せよ、相互乗り入れができればいいのだから、という者もあるかも知れない。なるほどそうだろう。しかし、今度は、今問題にしている高専をみるがいい。区分化されたコースに納得して入ったつもりの彼らこそが、相互乗り入れの権利を得た後でさっそく自分たちが入る大学を作らせ、ついには、大学入学競争をしているではないか。これは、彼らのエゴというよりも制度に内在する問題である。複線化の意味がなくなるなら最初からやらなければいいことであるし、複線化されたコース間を動くというのは、精神の自由として複線化を受け入れるのと同様の気力を要するのであるから、先ずは、複線化の設定問題は重要なのである。むしろ、微妙な位置づけで厳格には区分化されていない職業高校の方が精神の安寧を保って職業生活ないしそのための延長教育に素直に入っていっているというのも逆説的である。この辺が、ドイツと違うところである。ここまで考えたときに、つまり、たとえ複線化・分岐化の努力をしようとも、今度は複線化・分岐化された各コースから高次の高等教育(大学)への要求が生まれてくるという現象を見たときに、なるほどマーチン・トロウの有名な高等教育(大学)三段階発展説―エリートからマスへ、ついには、ユニバーサル化―は正しいと思えてくるのである。

 なお、アメリカでは、コミュニティカレッジは職業教育重視、州立大学は比較的実践的教育重視、リベルラルアーツカレッジは教養重視で専門教育を後倒しし、いわゆる名門総合研究型大学はその名のとおりの働きを中心とするが、少年期からの分岐化つまり複線化をしているわけではない。あたかも、日本の旧帝大、地方国立大学、私立総合大学、国公私立単科大学、短期大学の差のイメージに近いのではあるまいか。ただし、リベラルアーツカレッジの存在は、多様化でも階層的でもなく、“階級的”という可能性はあるが、そこまで論じるのはここでの目的ではない。

4.15歳からの複線化の意味

 日本には、大学・職業専門大学・短期大学もあるが専修学校がある、アメリカでも総合大学やリベラルアーツカレッジのほかに、コミュニティカレッジがあるから、どのみち、事実上の複線化ではないかと言うかも知れない。

 高等教育からの多様化を、教育制度論上、「複線化」と位置づけてよいかは筆者もよく理解出来ない部分があるが、複線化とは、時期的・時系列的価値を含む概念である。例えば、藤田英典『教育改革』100頁では、「教育機会という点で重要なことは、どの時点からカリキュラムを異にする学校タイプに分かれているか、どの時点で重要な選抜・振り分けが行われているか」であるという。かつてのドイツの進路選択の例で、日本人が驚くのは、複線化そのものに加えて「10歳」という、その時期なのであった。また、人生が「20歳」から分岐化すると言われても、なるほどそうだと思うしかないだろう。

 繰り返すが、我々の生き方に様々な可能性をあるとして15歳で自分の道を決められるであろうか。人間の知的能力や精神の発達はこの15歳から18歳の間に最も伸びるのである。多少抽象的な内容の本に手を出して読み出すのもこの時期である。この時期は潜在能力を伸ばす為の教育を受けるのが最適である。例えば、一定の可能性のある青少年がこの時期に一般的な学力を高めておけば、その後にしかるべき機会があるときに、どのような道にも参加のチャンスがある。逆に15歳で絵を書くことしか学んでいなかったどうであろうか。自分やその親も一定以上の期待可能性があるなら、この時期はそうしたいと願うのは当然のことだ。ところが、複線化というのは、「あえてこの時期に」、成績や社会意識によって区分化する方が、「わずかの可能性しかないならば」「他の世界に未練を残すより」幸せであるという、考え方の具体化である。この「あえてこの時期」にという早いか遅いかの視点と、先に述べた「目に見える」かどうかという点が、区分化の最重要要素なのであると考える。

 人間の進路選択における、機会の平等性、青少年の心理面、選択の効率性、進路変更の機会確保などの点で、複線型と単線型は対抗関係にあること(藤田・前掲書119頁以下。ちなみに、ヨーロッパ(ドイツ)・モデルとアメリカ・モデルの相克は明治時代の早い段階からあったのである(天野郁夫『高等教育の時代(下)』340頁))、一般に複線型より単線型の方が青少年の発達と機会均等に柔軟な対応が出来るのではないかということは、よくよく頭に入れて置いた方がよい。ところが、この意味を軽く考え、人間は15歳くらいから自我に目覚め多様な考えをもつにいたるから、制度も15歳くらいから多様化すれば良い、程度の認識では困るのだ。

 そうすると、例えば、日本の18歳入学の専修学校生が、階層性に巻き込まれているかといえば、巻き込まれているに違いないのだが、しかし、その深刻度は、15歳時よりは圧倒的に小さい。筆者は、大人になろうとする自分の“能力への得心と納得”は15歳と18歳で異なるとしたのであった。先の藤田・前掲書「どの時点から」というのは、このことだろうと考えている。

   教育制度の複線化というのは、階層化・階層性の問題を常に根底において考えなければならない。日本では、知識人さえこれを見落としていることがあって、多様な価値観、多様な制度、すばらしい職業教育、「ドイツでは・・・」などの美名の元に(それ自体は価値のあることだけれども)、教育制度を複線化してしまえば(表立っては出来ないからなし崩し的に)、いろんな教育問題が解決できると考えているのである。第7章でも示唆したが、中学生段階でのまさに複線化は日本にはそぐわない。高校生段階では多様化・総合化し適性を見極めさせ、これに基づき18歳以降の教育を上に延ばし、職業教育と大学教育に枝分かれさせる・・・のが単線型教育制度としてうまく機能するように思えるる。日本では、この単線型の機能に能天気に変な枝接ぎをしていて、16歳からの早期の職業教育、逆に18歳以降の大学教育が膨張しすぎているという問題が生じているわけである。もちろん、このような単線型モデルに対しては逆に、同質的に過ぎる、選択と多様性がない、などと批判される場合もあるが、筆者は申し述べておきたい。「同質性の中にこそ、それを脱皮しようとする選択と多様性が生まれる」。

 なお、付言しておくと、発達段階との関係で複線化の時期が決まるという事情のほかに、今日の産業の高度化・自動化によって、15歳からの熟練を要する業務は極めて少なくなっているなどの、産業構造の変化との関係も視野に入れるべきである。あたかも、ドイツの複線型コースは有名なマイスター制度と連動しているが、このマイスター制度がドイツの産業構造の変化に縛りを掛けてきたという指摘は有名である。技能的熟練に限らず、科学技術分野についても、その急速な進歩によって、科学技術教育が長期化・後ろ倒しになっていることを考えなければならない。

5.多様な生き方への尖兵役?

 西尾・前掲書195頁は、「高校教育に耐えられない能力の生徒が、目に見えない圧力から高校に進学せざる得ない状況にこそ、じつは日本社会に関係の深い深刻な悩みがある」とした。本来なら、勉強以外の価値で自分を発見し、これへの自信で、自分は自分の価値観で社会に巣立ち生活を成り立たせてもよい人たちが、「勉強」という価値で進学競争に参加させられていることこそ不幸なのであると。重要な指摘である。それどころか、現代の日本では、高校までが義務教育化し、今度は「大学」レベルでこの指摘が当てはまる状況がある。

 日本では偏差値による均一化された進路設定が昔から問題とされてきた。もっとも、東大にいけなければ、他の旧帝大や名門私学がある。それもダメなら実力のある地方国立大学という選択肢がある。偏差値による輪切りは、例えば、東大最下位層とそれにギリギリ及ばなかった層とを輪切りにしているが、高学力層の中にも各層があるという程度のことに過ぎない。しかし、偏差値輪切りにされた最下位層には残酷に作用する。偏差値教育の最大の弊害は、学力基準による区分けを最上位層にまで及ぼしたことよりも、最下位層にまで及ぼしたことの方に大きく作用した。昭和50年代の校内暴力や非行等の教育荒廃の原因が仮に偏差値教育によるものだとしたら、その問題を引き起こしたのは、まさに学力最下位層だったのである。当時のマスコミによる偏差値教育批判は、上澄みの受験教育や東大批判を行っているケースが多く問題を混同している(昭和58年発刊のNHK取材班『日本の条件 教育②』等を参照されたい)

 例えば中学校を卒業して料理人になることも大変立派な道である。筆者もそう思うし、日本には、まだこのような腕一本で立とうとする人間を尊敬する風潮がまだまだ残っている。非常にすばらしいことである。おそらくは、ドイツの複線型・分岐型コースも、成績評価で厳然とコースを分けるが、この成績評価によるコース分け後は、むしろ、「勉強」以外の基準で自分の仕事を見つけ生きていくことに価値を見出しているのであろう。そして、「勉強」以外のコースもマイスター制度で資格化され職業的威信は保たれている。

 複線化論を言うならば、先ずもって、「勉強」以外の価値で生きていこうとする人たちへ、制度面で道を確立させる、あるいは、社会意識の面で彼らを評価してみせるところから始めるべきなのに、この人たちが全く念頭に入っていない。むしろ、勉強が出来ず可愛そうなので、大学をたくさん作ってこれに入れてあげようとするという始末である。ドイツにおける複線化は、そもそも大衆が無学を恐れていないからこそ、また、無学であっても他の面で人間を評価できる仕組みが出来上がっているからこそ成り立つ制度なのである(西尾・前掲書126頁。日本の知識人層はドイツの複線化コースやマイスター制度が好きであるが、このドイツ人の意識を見落としている。また、既に指摘したように、自動車やエレクトロクス分野の「産業型」マイスター制度が、科学技術の進歩に対応できず、むしろ硬直的・独善的・排他的に働いていることを理解していない。)。何故、いきなり、「高専」(高専は一応、知識労働者を育成しようとしている)なのであろうか。大学コースのほかに職業教育のために高専コースがあってもよいとしたいらしいが、それ自体は、なるほど複線化の一端ではあるが、生き方の多様化そのものをもたらすものではない。具体的には、(ⅰ)本章2③の職業高校ないし職業学校と(ⅱ)この道からもはずれようかという人たちの道をどう確立するかがポイントになるように思うのである。筆者は高専との比較において職業専門大学を評価して見せたが、その職業専門大学に対しても同様の疑問をぶつけることが出来る。もちろん、日本でも菓子職人などの技能的な職業が徒弟的な修行を経て身につけられるが、これがドイツのマイスター制度などように制度化・社会化されていない、あるいは、そこまで国家や団体が関与すべきではない、というある意味では良いことともいえる要素があることも考慮に入れるべきであろう。しかし、先に狭義の複線化への覚悟を問うたほかに、そもそも複線化とはどういうことなのか、どこから始めるべきなのか、ということが全く考えられていないことこそ問題なのである。

 高専生は複線化の尖兵となった。しかし、彼らさえもが、小さな世界においてではあるが人知れず犠牲となった。「多様」な生き方という価値観や「勉強」以外の価値で生きていこうとする人達に何の影響も与えず、単に、小さな世界の少ない尖兵は現実世界の壁にぶちあたっていった。初期高専生の一部は言うかもしれない。おれ達は企業の中でちゃんとした地位についていると・・・。しかし、自分たちの受けた教育が大学工学部より厚いと言えたか、2年の短縮が大きな差になっているのではないか、広いキャンパスの中で色んな背景をもった青年と語らってみたかったのではないか・・・。

6.大学「大衆化/反対」「市場化/賛成」

 前項で、高専を多様性の尖兵としているのではないかと問うた。与党案が暗に批判しているのは実は「大学大衆化」つまり進路の均質化である。日本にはあまりにも大学が多すぎて教育制度を歪めているというのである。大学を乱立させたのは当の与党であったが、いわゆる下位層の大学卒業生の学力や就職が良くない。そこで、専門学校や高専などの非大学高等教育を評価して、大学進学に歯止めに掛けようとする思惑があるように思える。矢野眞和『大学の条件』はその序章において、大学「大衆化/反対」「市場化/賛成」のベクトルがあることを指摘した(本書では、データを駆使して人々の大学教育へのアプローチを検討してある。結論的には大学大衆化には好意的な分析をしている)。「大学」「大衆化」の中で中途半端な規模の非大学群がどのような地位となってしまうかについては、改めて言うまでもないだろう。

7.高専入学者の批判的類型論

 高専の増加は、人の生き方について多様性を認める基盤が徹底していない日本社会に、これと不相応な本格的な教育制度の複線化・分岐化をもたらす。仮に、増加させなくても、初期においては、人知れず多層化に巻き込まれる結果をもたらした。現在でも、少なからず多層化に巻き込まれる者がいるが、逆に、当の高専が複線化の意味を失わせる行動をし始めている。「15歳」からの複線化の重大性についても述べた。さらに、高専をして「大学大衆化」への、はかないカウンターパートの地位を占めさせようという動きがあるのではないかということも指摘したが、こうした動きには、人間の人生の行く末にあまりに顧慮を払っていない。

 以上を前提に、高専教育を受けた者を批判的に類型化してみたい。

 A:高専を退学した者

 退学率はおよそ1割以上、2割近くとみて間違いない(文部科学省のインターネットによる情報開示等を総合した)。入学者の1割以上退学は異常である。あるいは、留年など最終的に不適応を示した者もこれに含めてよい。「高専」を選んで後悔した理由は何だったのであろうか。初期高専生が示した複線化・分岐型コースに内在する問題、あるいは現代でも自分たち「のみ」がこの特殊な制度に置かれていること自体への違和感(特に初期高専生に対しては、この複線化・分岐型コース設定が袋小路問題として具体化した)への不満でなかったと言い切れるだろうか?

 B:高専を卒業してすぐに社会に出た者

 高専は、昔はより露骨な表現で(「大卒相当」)、現在でもかなり誤解を生む表現(「大卒相当」に「なりうる」)で入学者を誘っている。ところが、既に見たように、高専卒は特に大企業では下級技術者や技能労働者として扱われつつある。それどころか、大衆化して増えた大卒は中小企業の末端にまで及んでいる。言うまでもない、「大卒相当」を信じた彼らは騙されたのである。

 仮に大卒並みになれたとする。ところが、高専出身者は大卒が受けている一般教養教育は省略されている。彼らはバカにされたのである。仮に大企業に限らず中小企業において実力があって地位が上がっても、自分の部下が自分より高学歴者なのである。これは単なる学歴問題を言いたいのではない。学力・能力があればこそ、期間の長い、本流の教育をうけるべきなのではないか。

 彼らが、多層化を受け入れて、平然と生き抜きわが道を行く人間たちであったかは、入り口で「騙し」が入っているので、何とも言いがたい。しかし、次に見る進学者の増加を考えれば、「わが道」を行っているとは言いがたいのであるまいか。是非、「高専卒」にもう一度、高専卒の学歴に満足しているかアンケートをしてもらいたいものである。

 但し、このBの中には、そもそも下級技術者や技能労働者になる程度の学力水準である者(入学者の学力低下は既に指摘した)も含まれているから、就職者の何割かは、高専が「分相応」と言えるであろう。企業側からも、この階層は高卒と処遇すれば痛くも痒くもない。複線化・分岐化は典型的に効果を出しており、徴表的である。

 C:大学工学部に編入学した者又は専攻科に入学した者

 大学に編入学したとはいっても、これも既に見たように、彼らの英語力や数学力の水準は低い。しかも、青年期に人文社会的教養を軽視した教育を受けた。そもそも、高校から大学に入っても同じだから、何の意味があったのであろうか。実践的な教育を早期から受けているので、一般的な大卒より、実践力があるというかも知れない。しかし、工学そのものが応用的学問にして実学であるという前提があり、また、工業技術の急速な進歩によって工学教育が大学院まで後ろ倒しになっており、さらには、結局企業に入れば実務で鍛えられる。そうすると、高専からの編入学者と一般入試入学者の間の実践力の差は相対的になっている。むしろ、英語力や数学力の差が絶対的に開いている。

 さらに、このCの中には、大学編入学試験が比較的易しいのを利用して晴れて大学生になった者もいるだろうが、これが高専教育の成果かと問われたときに、何と答えるべきだろうか。

 百歩譲って、1割進学なら、複線化・分岐型を基本としつつ、そこから優秀層を救い出し、その弊害を緩和したと言えるが、現在の大学および専攻科への進学率4割では、複線化・分岐化した意味を失わせていると言ってよい。

8.歪なCool down、Cool out、そして、単線型教育制度

 ところで、藤田・前掲書は、書名のとおり「改革」に際して、考慮すべき対抗概念をところどころで示してくれている点で非常に有益である。同書113頁は、複線型・分岐型の国々では、「中等教育の比較的早い段階から生徒たちの進学希望を冷却し(cool down)、競争から撤退させる(cool out)させるメカニズムを組み込んでいる」としている。この重要な指摘は多くの教育制度論者や教育社会学者の共通理解になっているだろう。それ自体は、ドイツにおいては、自分は自分・他人は他人の社会を前提としているため、望ましい場合もある。逆にイギリス等では、もろに“階級性”の方便のようにも見える。

 高専は建前として卒業後就職することになっているので、6割の生徒にとっては、cool downとcool outが生じている。次に、建前をはずして、高専の実態を見たときに、4割の高専生にとって進学希望はheat upしている。高専は高等教育だから入った時点でcool downやcool out も何もないというかもしれないが、それより上級年齢が行くべき学校、大学院等の最上位の教育機関へのアクセスが問題となっている以上、そのような理屈は通らない。大学大衆化への歯止めとして高専を利用するとすれば、この高専を増設することによって、cool outとcool downを発生させたいところだが、これを成し遂げるには、先の①「自分は自分、他人は他人」「多様性」の倫理の他に、②制度的には、普通科高校を絞り、かつ、大学を減らし、普通科高校を30パーセント以下、残りを高専ないし職業高校にして、4年制大学進学率を20パーセントとし、③これらを厳格かつ慎重な成績評価に基づいて区分化する、とでもしなければ出来ない相談なのだ。そこまでやるのであれば、大変遺憾ながら高専増設あるいは複線化も認めようではないか。ところが、このメカニズムを理解せず、中途半端に高専を増加させても、数多くの普通科高校と大学がそのまま残り、しかも成績による区分化がうまくいかず曖昧なままだと、cool downとcool out、そしてheat up高専にイビツな形で現れるに過ぎないのである。つまり、高専には、高専の「宣伝」によって本来ならしかるべき大学に進んでもよいにも関わらずcool down・cool out させられている層が大勢いる。少なくとも大勢いた。逆に、近時は学力水準が低い層も大勢含み始めているにも関わらず、大学教育へのアクセスがheat upしている。 これでは、複線化の一類型としての高専に何を期待しようとしているのか、生徒がどのような境遇となるのか、教育制度論として、さっぱり不明ではないか。逆に企業側からすれば明確である。6割の「cool downした、そこそこには優秀層」を大卒未満で下級技術職・技能職に配置できるか、もともと学力の低い層については、ちょっとは専門のことを知っている高卒として処遇してしまえばよい。

 また、悲しいかな高専入学者の学習意欲までがcool downする現象がある。一部の高専適合者を除き、この学習意欲や専門分野への関心の低下については、実は、高専内部からいくつかペーパーが出ており、高専教員も肌で感じ取っているはずである。

 最後に、近時は少なくなりつつあるが、優秀なわが子の進学意欲をcool downさせようという経済的に恵まれない家庭の親も一定割合でいることも指摘しておかねばなるまい。ここでもやはり、野村・前掲書を参照できる。野村氏は、同書・106頁以下「初期高専生と通俗道徳」の節で、「しかし、経済的に余裕のない社会層においては、通俗道徳は高い学歴を求める欲求を抑える役割を果たすであろう。初期高専生の多くは経済的に余裕のない家庭出身であった。彼らは親から通俗道徳を教え込まれたり、あるいは通俗道徳を実践している親を間近に見ていた。彼らが中学から進学先を決定するときに、できるだけ早く自分の生活は自分で成り立たさなければならないという通俗道徳的な判断が働いたことは間違いない」。この指摘は今日でもいくらかの高専生に当てはまっているだろう。何を隠そう、筆者がそうだった。また、筆者のクラスメイトの少なくとも約半数はそうだった。もちろん、制度的なcooling downやcooling outが、社会意識的な意味をもつ「通俗道徳」とどのように関連付けられているかについて考察する力量などは筆者にはない。しかし、高専関係者が高専「制度」の美点をひたすらに強調して「高専生は早くから技術教育を受け、いち早く、社会に巣立っていく」などという言説は通俗道徳的ですらあるように思えてくるのである。「通俗」とは必ずしも悪い意味ではない。しかし、このような「道徳」が、逆に、「非道徳的な」帰結をもたらしているのではあるまいか。

 やはり、複線化には確たる社会基盤―日本人は本当に自分は自分、他人は他人と割り切れるか?―と覚悟が必要なのである。また、確かに日本はドイツのような社会基盤もなければイギリスのような階級社会でもないが、しかし、経済力だけでない親の意識や職業等の「階層」と教育達成の問題も見逃せない(この点については十分述べられなかったが、苅谷剛彦『大衆教育社会のゆくえ』等を参照したい)。日本は、大学進学率50パーセントに踏み入った。その半分を今更ながら職業専門大学にするにしても、否、そうであるからこそ、高校卒業後に本格的な学問や職業教育を受けるという単線型教育制度を継続する姿勢が確認されてしまったのである。もはや、大学進学率を増加させておいて、わずかにある高専を礼賛するという、二枚舌政策を許すべきではない。問うべきとすれば、高専が作られた1960年後半頃の大学増設、1990年後半からの大学増設の時期に問うべきだったのだ。我が国が、基本的に単線型教育制度を取ってきたことを忘れて、そこに、高専一つ複線化したため、高専は常に矛盾の中におかれた。そして、これを覆い隠すための欺瞞を繰り返してきたといえば、言い過ぎか。歴史上、二枚舌外交が(筆者はその国自体は尊敬しているが)、百年の悲劇を生んだ事例は皆の知るところであろう。